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カナダ・イヌイットの物語④
おはようございます。

カナダ・イヌイットの物語として、ルーツ(1月16日)、主食の変化(1月20日)、社会の変化(1月28日)と過去のブログで述べてきました。

カナダ以外の極北の地アラスカ、シベリア、グリーンランドにもモンゴロイドが住んでいて、同様の生業で伝統的に暮らしてきました。

極北の地に暮らす人々は、それぞれ名前も違っています。
以下、簡潔にまとめてみます。


<極北の人々>
カナダ:ケベック州の北の極北民の集団が「イヌイット」です。
    かつてエスキモーと呼ばれていましたが、1970年代からカナダ政府は
    「イヌイット」と呼ぶようになりました。

アメリカ:アラスカの北西部沿岸の集団は自称「イヌピア-ト」です。
     アラスカ南西部の沿岸の集団は自称「ユピート」です。
     アメリカ政府は2つの集団をまとめて「エスキモー」と呼びます。

ロシア:シベリアの集団は自称は 「ユピート」です。
    ロシア政府は「エスキモー」と呼びます。

デンマーク:グリーンランドの集団は、現在ではカラーリットと自称しています。
      12世紀のチューレ文化の時にグリーンランドに渡ったモンゴロイドが直接の祖先と考えられます。
      18世紀初頭、デンマークから再征服とキリスト教化を受けました。
     

<エスキモー>
エスキモー (Eskimo) は、北極圏のシベリア極東部・アラスカ・カナダ北部・グリーンランドに至るまでのツンドラ地帯に住む先住民族(モンゴロイド)の総称です。考古学や言語学では、極北民を総称してエスキモーと呼んでいます。

「エスキモー」は他のカナダ先住民の言葉で「生肉を食べるやから」という他称であり、侮蔑的な意味があるとして、1970年代先住民運動の高まりの中で、カナダ政府は「イヌイット」という名称を使用するようになりました。イヌイットは彼等の言葉で「人々」を意味します。

近年「エスキモー」は、他のカナダ先住民の言葉で「かんじきをはく人々」という意味という説も唱えられていて、こちらであれば差別的ではありませんね。


江部康二

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カナダ・イヌイットの物語③
おはようございます。

カナダ・イヌイットのルーツを、1月16日のブログで、カナダ・イヌイットの食生活の変遷(主食の変化)を1月20日のブログで、概説しました。今回は、カナダ・イヌイット社会の歴史的変化をみてみましょう。

<社会の変化>
イヌイットといえば誰でもイメージするような、アザラシ猟をして雪の家に住むという文化は、15世紀頃に形成されました。

その後、ホッキョクイワナ、アザラシ、シロイルカ、カリブーといった食材がイヌイットの主食となっていきました。

1900年代初頭までは、散発的にヨーロッパからのタラ漁民、捕鯨者、探検家などとの接触はありましたが、この伝統的食生活・生活様式が保たれていました。

冬季と夏季では、動物資源の分布や自然環境に応じて、周期的にキャンプ地を変えて生活していました。

1910年代にハドソン湾会社などの交易会社がカナダの東部極北地帯へと進出し交易所をつくり始めました。

これで欧米人との交易が本格的に始まり、1920年代から1940年代まで、ホッキョクギツネの毛皮交易が、イヌイットの主たる収入源となりました。

しかし、第二次世界大戦のため欧米の高級毛皮市場が崩壊して、大戦終了後も、毛皮市場は停滞しました。

1940年代は、ホッキョクギツネの毛皮の暴落と結核の蔓延のため、イヌイットの生活は最悪の状態にありました。結核、梅毒、麻疹などの伝染病で総人口の1/3が命を落とし、人口減少が続きました。

1939年以降、カナダ.イヌイットはカナダ政府の管轄におかれ、法律上は「インディアン」と見なされるようになりました。

1950年代半ば以降に、北ケベックのイヌイットは、急速な社会変動を経験しました。
すなわち、カナダ政府による極北官僚制行政時代です。

①定住化、学校教育、福祉・医療サービス
②狩猟を中心とする生業経済から賃金労働を中心とする混交経済への移行
③船外機付きの小型ボート、スノーモービル、高性能ライフルの導入
④交通・通信網の発達

このカナダ政府による政策により、イヌイットの生活様式は、急速に都市化・欧米化していきました。
1970年頃までには、ほとんど全てのイヌイットが村の中で定住するようになりました。

アルコール、タバコ、麻薬はかつてイヌイット社会に無かったものですが、急速に浸透していき、人々を苦しめ大きな影を落とすこととなりました。

1961年にノルウェーでアザラシの皮をなめす技術が開発されて、高級毛皮コートの材料としてイヌイットの新たな交易品となりました。このアザラシの毛皮の交易は、20年間以上イヌイットの主たる収入源となっていました。

しかし、毛皮獣の捕殺に反対する欧米の動物愛護団体の圧力で、1983年ヨーロッパ共同体(EC)が全面的に毛皮の輸入を禁止し、イヌイットの経済は大きな打撃を受けました。

朝日新聞時代の本多勝一氏が、1960年代初頭に現地でイヌイットと共に生活し取材し名著「カナダ・エスキモー」を刊行しています。

この本に書いてあるような、季節的に移動生活を行い、冬季には雪の家に住むような生活は、今ではもうみられません。

1980年代からは定住化のもと、灯油によるセントラル・ヒーティング、村の発電所からの電気、電気冷蔵庫、電気ストーブ、電気オーブン、水洗トイレ・・・が徐々に普及していきます。

冬期には全てが凍結するので下水道、水道はなく、週に1~2回の給水車、汚水や屎尿は各戸のタンクに溜められ、週に1回くみ取り車がきて処理します。

従って、現在のカナダ・イヌイットの家は、電話・テレビなど含め、定期的にシャワーを浴び、衣類も洗濯するので、毛皮の匂いや独特の生活臭などもありません。家をみただけでは、イヌイットの家か白人の家か区別はつきません。


参考文献
①岸上伸啓:イヌイット.中公新書.2005
②岸上伸啓:極北の民カナダ・イヌイット.弘文堂.1998


江部康二

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カナダイヌイットの物語②
おはようございます。今日もぼちぼち寒いです。

寒い日は、何と言ってもイヌイットの話題ですね。(∵)?

<主食の変化>
4000年前、すでにカナダ極北やアラスカに、人類(モンゴロイド)が移住し居住していました。現在のイヌイット文化と同様の生活様式をしていたとは、必ずしもいえませんが、セイウチ猟などを中心に生業としていたようです。

現在のイヌイットの生活様式の原型ですが、まず10世紀頃、アラスカイヌイットでホッキョククジラが主食の時代がありました。

その後200~300年で他の極北周囲地域、西はチュコト半島、東はグリーンランドまでホッキョククジラ猟が広まりました。この文化は、チューレ文化と呼ばれています。

12世紀から17世紀にかけて極北地域に寒冷化が起こり、それまで豊富だったクジラが少なくなりました。そのためクジラ以外のものを主食とせざるを得なくなり、各地域でチューレ文化は多様化して、独自の文化が形成されていきました。

アザラシ猟をして雪の家に住むという文化は、15世紀頃に形成された生活様式です。その後、ホッキョクイワナ、アザラシ、シロイルカ、カリブーといった食材がイヌイットの主食となっていきました。
この頃は、穀物など一切なしで究極の糖質制限食ですね。 (^_^)

1900年代初頭までは、この伝統的食生活が保たれていました。

1920年代に北ケベックの各地に、交易所が設置されていきました。1940年代までは、ホッキョクギツネの毛皮が主たる交易品でした。イヌイットは、ホッキョクギツネの毛皮交易で、小麦粉、砂糖、ビスケット、紅茶、ラードなどを購入しました。

小麦粉とふくらし粉とラードで、無発酵パンのバノクを作り、主食として定着しました。これが、穀物を摂取し始めた起源と考えられます。

バノクや紅茶は、スコットランド系の捕鯨者や、ハドソン湾会社の交易者がイヌイットの間に持ち込んだ習慣であり、1920年代から急速に広まったと考えられます。

1950年代半ば以降に、カナダ政府の政策もあり、北ケベックのイヌイットは、急速な社会変動と食生活の変化を経験しました。都市化、欧米化の進行です。

1993年、マッギル大学の先住民栄養環境研究センターの調査によれば、イヌイットの若者は、ハンバーガー、ピザ、ポテトチップス、コーラ、ガム、チョコレートを好み、カロリーの大半が、これら糖質を大量に含むジャンク・フ-ドでした。( ̄_ ̄|||)


江部康二

参考文献
①岸上伸啓:イヌイット.中公新書.2005
②岸上伸啓:極北の民カナダ・イヌイット.弘文堂.1998

テーマ:糖尿病
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カナダ・イヌイットの物語①
おはようございます。

ガレージの水道が凍ってしまって、蛇口を捻っても水がでてきません。我が家では、今冬一番の冷え込みです。

冷え込みついでに、今日はもっと寒い地方のお話しです。イヌイットは糖質制限食的にはとても興味深い民族ですので時々記事にして、歴史や社会や食生活の変遷を紹介したいと思います。


<イヌイットのルーツ>

最後の氷河期(ウルム氷河)で特に寒冷化が強まった28000~13000年前に、大量の氷河のため水位が下がりベーリング海峡が陸続きとなりました。これは、ベリンギア陸橋と呼ばれています。名は陸橋ですが、規模はベリンギア大陸と呼べるほど、広大だったようです。

このとき、シベリアから狩猟民(モンゴロイド)が、アメリカ大陸に渡りました。彼等は、氷河期が終わり陸路が開けると、南下してアメリカ西部から南米に到りました。これが、それぞれアメリカ・インディアンと南米のインディオの祖先と考えられます。

彼等とは別に約4000年前、ベリンギア陸橋がすでに水没したあと、シベリアからカヌーで渡ってきた狩猟民が、現在のカナダ・イヌイットの祖先と考えられています。



江部康二

参考文献
①岸上伸啓:イヌイット.中公新書.2005
②岸上伸啓:極北の民カナダ・イヌイット.弘文堂.1998
テーマ:糖尿病
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