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人体の細胞のエネルギー源、赤血球、脳、肝臓、小腸、大腸は特殊。
こんにちは。

2023年03月25日 (土)の本ブログ記事で、人体の主要なエネルギー源としての
(1)「脂肪酸-ケトン体」システム
(2)「ブドウ糖-グリコーゲン」システム
について、説明しました。

この2系統以外に、グルタミン(小腸)短鎖脂肪酸(大腸)も人体のエネルギー源になります。
そして、人体は各組織や細胞ごとに「何をエネルギー源とするか」を微妙に、精密に変えているのです。

今回は主要2系統以外のエネルギー源に焦点を当て、
人体のエネルギー確保の仕組みの全体像を考えてみます。
 
例外的なエネルギー源を持つ五つのもの
まず全体像を見ましょう。人体の中で、
○赤血球
○脳
○肝臓
○小腸
○大腸

の五つは、主要2系統と異なる、例外的なエネルギー確保の仕組みを持っています。
今回の記事は、まず赤血球と脳について解説します。

ブドウ糖しか使えない赤血球
 赤血球は人体の細胞で唯一、内部にミトコンドリアを持っていません。
ミトコンドリアは細胞内にあるエネルギー生産装置で、脂肪酸やケトン体をエネルギーに変えることができます。
赤血球は成熟する最終段階でミトコンドリアを含むいくつかの細胞内器官を捨て去り、
乾燥重量の約9割を、酸素を運ぶためのヘモグロビンが占めるという特殊な細胞になります。

その結果、赤血球は酸素運搬に特化した機能を獲得しますが、
ブドウ糖しかエネルギー源にできなくなります。

酸素不足を防ぐため脂肪酸を使わない神経細胞

 脳には、血管から脳に移行する物質を選択的に制限する「血液脳関門」という仕組みがあります。
脳を毒性のある物質から守るための仕組みですが、ブ
ドウ糖やケトン体は通過することができ、脳の神経細胞のエネルギー源となります。

また脂肪酸も血液脳関門を通過します。
そして「アストログリア」という、神経細胞を周囲で支えている細胞のエネルギー源になります。
しかし、脂肪酸は神経細胞そのもののエネルギー源としてはほとんど使われません。
エネルギー源として見た時、
同じエネルギーを得るのに必要な酸素の量が
一番少ないのがケトン体、次がブドウ糖で、脂肪酸は最も酸素消費が多いためだと思います。

ヒトの進化の過程で、脳が酸素不足に陥らないように、
神経細胞は脂肪酸をエネルギー源とすることを避ける選択をし、
神経細胞の中の脂肪酸を分解する酵素を減らしたのだろうと考えられます。

米ハーバード大のDr.Cahillはその論文で「多くの研究により、
ヒトの脳はブドウ糖なしでケトン体だけでも生存できると思われるが、
実験的にも倫理的にも証明は難しい」としています(注1)

日本では、いまだに「ブドウ糖は脳の唯一のエネルギー源である」と言っている医師や栄養士がいますが、
明らかに間違いです。
脳はいくらでもケトン体をエネルギー源として使えますし
そのことは欧米では医師・看護師・栄養士の共通知識です。

“ガス欠”で止まらないようケトン体を活用 する心筋
 安静にし、空腹の時や軽い運動だけをしている時は、
骨格筋、心筋の細胞は脂肪酸とケトン体を主要なエネルギー源としています。
医学生が使う生化学の教科書「ハーパー・生化学」には
「心臓のような肝外組織(編注:肝臓以外の組織のこと。肝臓と他の臓器を特に区別する時に使われる表現)では
代謝エネルギー源は(1)ケトン体(2)脂肪酸(3)グルコースの順に好まれて酸化される」と明記されています(注2)
念のためですが、グルコースはブドウ糖のことです。

 これは論理的に考えれば分かることです。
例えば、筋肉細胞の中に蓄えているグリコーゲンが一定レベル以下まで減ると、
筋肉は収縮できなくなります。
筋肉中に蓄えられるグリコーゲンの備蓄は少量です。
もし心筋が「ブドウ糖-グリコーゲン」システムを主たるエネルギー源としていたら、
エネルギーが枯渇して止まるリスクが高くなるので、
心臓は備蓄量の多い「脂肪酸-ケトン体」システムを好むのでしょう。

 逆に言えば、「ブドウ糖-グリコーゲン」システムは、
手っ取り早く効率よくエネルギーを確保できるシステムです。
しかし備蓄が極めて少ないエネルギー源であるため、
短時間の運動など激しい筋肉の収縮時に積極的に利用されます。

腎臓、肺、脾臓、胃、食道
 これらも肝外組織であり、「ハーパー・生化学」によれば、
日常的には脂肪酸とケトン体が主要なエネルギー源であり、
合わせてブドウ糖も使うと記載されています。

次回は、肝臓、小腸、大腸のエネルギー源について、解説します。

注1:Annu. Rev. Nutr. 2006. 26:1-22 FUEL METABOLISM IN STARVATION George F. Cahill, Jr.
注2:「ハーパー・生化学」(原書27版)上代淑人監訳、2007年、155ぺージ図16-9の説明。


江部康二
コメント
ケトン体
東京の弁護士の和田と申します。ご無沙汰しております。今回のテーマについいてかねてから興味を抱いていました。下記の論文では、astrocytes may be considered the brain's fuel processing plantと結論づけています(結論部分しか読んでいませんが。つまり、アストロサイトは、脳の燃料産生プラントと考えられるかもしれない、とのことです。脳がケトン体を主たるエネルギーにする理由は酸素消費量が少ない点にあるという論説は読んでいます。先生の今日のご説明を読んで、「やはりそうか」と思いました。なお、脂肪酸を基質とした場合、酸素消費量が多い(糖よりも多い)のはなぜでしょうか。β酸化でしょうか。素人相手に先生にお手間をおかけするのは恐縮ですが、なかなか文献も少なく、興味ある分野でしたので投稿させていただきます。
2023/03/29(Wed) 16:24 | URL | 和田 | 【編集
ケトン体
昨日の投稿の和田です。引用した論文のURLを貼るのを失念しておりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7595539/
2023/03/30(Thu) 10:18 | URL | 和田 | 【編集
Re: ケトン体
和田さん

ご指摘通りであると思います。
ケトン体は、最も優れたエネルギー源で、細胞は、ケトン体をそのままエネルギー源にできます。

脂肪酸をエネルギー源にするには、ミトコンドリア内でのベータ酸化が必要で、それには酸素が要ります。
脂肪酸はミトコンドリアに運ばれた後,β酸化によってアセチル-CoAにまで代謝されます。

ブドウ糖は、酸素がなくても、解糖でエネルギー源になります。
2023/03/30(Thu) 17:37 | URL | ドクター江部 | 【編集
Re: ケトン体
和田 さん

ありがとうございます。
読んでみます。
2023/03/30(Thu) 17:38 | URL | ドクター江部 | 【編集
ケトン体
江部先生ご多用のところ、ご説明ありがとうございます。
当事務所のバイト学生が理科大なので聞いてみたところ、「β酸化の過程でH2Oが取り込まれ、これが酸素として利用されるということではないか」と説明を受けました。なのでβ酸化において酸素が消費されるようです。
ところで、脳がケトン体を好む理由は、「安全性」にあるのではないかと想定しています。
(1)まず、慶応大学の中原先生という方の論文が参考になります。
file:///C:/Users/nwada/Downloads/KAKEN_22689028seika%20(6).pdf
ケトン体は「ブドウ糖に比して単位酸素消費量当たりのエネルギーが高く脳神経系を賦活化できる。」
(2)次に、東邦大学血液生物研究室によれば、活性酸素の90%がミトコンドリアで生じる、その活性酸素は電子伝達の際に生じる旨の説明があります。
https://www.toho-u.ac.jp/sci/bio/column/0790.html
(3)上記2点からすると、酸素消費量が少ないという意味は、電子伝達系で同じ量のATPを産出するについて脂質由来のケトン体は糖に比べてより少ない酸素消費で済むので、電子伝達系での活性酸素の発生が少なくて済む、従ってケトン体を栄養基質とすることは糖を利用するよりも安全である、ということであるということではないかと想定しています。
β酸化の過程で酸素が消費されるとしても、それは単に取り込んでいるだけなので、電子伝達系での活性酸素の発生とは異なって安全性に問題はない、のだと思います。
このように、脳が糖よりもケトン体を好む理由は、「安全性」にあるように思われます。
(4)なお、上記中原先生が引用する論文によれば、アストロサイトは、「肝細胞に匹敵する量のケトン体」が生合成されている、とあります。「匹敵する量」というのが凄いと思いました。
このような問題について論じている文献が少ないので、昨日の先生の説明は大変有用と思われ、深く感謝いたします。なお、自分でも一度、この問題についてサマリーを作ってみようと思っており、後日ご連絡差し上げることがあるかもしれません。

2023/03/31(Fri) 13:14 | URL | 和田 | 【編集
Re: ケトン体
和田 さん

とても詳しく調べて頂いてありがとうございます。
大変、参考になり勉強になります。

脳が糖よりもケトン体を好む理由は、「安全性」にあるように思われます。
そうですね。

そして、ケトン体は、安全で、輸送体も要らないし、カルニチンシャトルも要らないし
もっとも便利で自由なエネルギー源と言えますね。


2023/03/31(Fri) 18:51 | URL | ドクター江部 | 【編集
ケトン体
β酸化の過程でも活性酸素が生じるようですので、上記の投稿は適切ではありませんでした。ご迷惑をおかけしました。おって訂正の投稿をします。
2023/03/31(Fri) 19:09 | URL | 和田 | 【編集
Re: ケトン体
和田 さん

ありがとうございます。
ミトコンドリアが活動すれば、活性酸素は発生すると思います。
人体は、SODなどでそれをクリアするのでしょう。
2023/03/31(Fri) 21:41 | URL | ドクター江部 | 【編集
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