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インスリンの功罪③。農耕前、狩猟・採集時代のインスリンの役割。
こんばんは。

今回はインスリンシリーズの3回目です。
農耕前、狩猟・採集時代のインスリンの役割について考察してみます。

 細胞がブドウ糖を取り込むためには「糖輸送体」という特別なタンパク質が必要です。
英語の頭文字からGLUT(グルット)と呼ばれ、現時点でグルット1〜グルット14までが確認されています。
正式にはグルコーストランスポーター(glucose transporter)です。
 このうちグルット1は赤血球・脳・網膜などの糖輸送体で、脳細胞や赤血球の表面にあるため、
血流さえあればいつでも血液中からブドウ糖を取り込めます。
 これに対して筋肉細胞と脂肪細胞に特化した糖輸送体がグルット4で、
ふだんは細胞の内部に沈んでいるのでブドウ糖をほとんど取り込めません。
しかし血糖値が上昇してインスリンが追加分泌されると、
細胞内に沈んでいたグルット4が細胞表面に移動してきて、ブドウ糖を取り込めるようになるのです。
グルット14種の中でインスリンに依存しているのはグルット4だけです。

 インスリンとグルット4の役割を、農耕が始まる前の時代までさかのぼって考えてみました。
 グルット4は、糖質過剰摂取時代の今でこそ獅子奮迅の大活躍なのですが、
農耕前はほとんど活動することはなかったと考えられます。

すなわち農耕後、日常的に穀物を食べるようになってからは
「食後血糖値の上昇→インスリン追加分泌→グルット4が筋肉細胞・脂肪細胞の表面に移動→ブドウ糖を細胞内へ取り込む」
というシステムが、毎日食事のたびに稼働するようになったのです。

 しかし、狩猟・採集時代には穀物はなかったので、たまの糖質摂取でごく軽い血糖値上昇があり、
インスリン少量追加分泌のときだけグルット4の出番があったにすぎません。
運よく野生の小さな果物やナッツ類や自然薯などが採集できた場合のみです。

この頃は、血糖値は慌てて下げなくてはいけないほど上昇しないので、グルット4の役割は、
筋肉細胞で血糖値を下げるというよりは、
脂肪細胞で中性脂肪をつくらせて脂肪組織に蓄えて、
来たるべき冬の飢餓に備えるほうが、はるかに大きな意味を持っていたと思います。

 すなわち、農耕前は「インスリン+グルット4」のコンビは、
たまに糖質(野生の果物やナッツ類)を摂ったときだけ、
もっぱら中性脂肪の生産・蓄積システムとして活躍していたものと考えられます。

狩猟・採集時代の「インスリン+グルット4」は、
もっぱら飢餓に対するセーフティーネットとして貢献していたと思われます。
また、摂取した糖質は肝臓にも取り込まれてグリコーゲンを蓄えますが、
あまった血糖が中性脂肪に変えられて脂肪細胞に蓄えられます。

このようにインスリンの中性脂肪蓄積システムは、長い間、
人類の生存におおいに貢献してきた
のですが、
いまは日常的に1日に3~5回糖質を摂取する時代です。

このため「インスリン+グルット4」のコンビは今や「肥満システム」と化してしまい、
インスリンは肥満ホルモンと呼ばれるようになってしまったのです。


江部康二
コメント
運動とグルット4の発現について
運動によりインスリン非依存でグルット4が発現しますが、運動後どれくらいの時間発現するのでしょうか?
バーンスタイン医師によると運動により血糖値が抑えられるのは高強度の運動後1週間と仰っています。私の経験ではスキーを3日程度した後、3日くらいは血糖値が上がりにくい状態が続きますが、これはグルット4の発現によるものでしょうか?
2023/03/26(Sun) 18:56 | URL | 西村典彦 | 【編集
Re: 運動とグルット4の発現について
西村典彦 さん

ラットの実験しかありませんが、

運動と筋肉と血糖取り込み
2013年05月13日 (月)
http://koujiebe.blog95.fc2.com/blog-entry-2531.html

このブログをご参照頂ければ幸いです。

筋収縮によりGlut4が筋肉細胞表面に出ているのは、
新潟医療福祉大学の川中健太郎先生によれば、運動終了後2~3時間持続とのことです。

先生の論文に引用してある文献によれば
「ラットに2時間の水泳運動を負荷したあと、
運動終了3時間後でも、一定量のインスリン刺激に対してよりたくさんのGlut4が細胞膜表面にトランスロケーションできる」
そうです。

つまり一旦、2~3時間で細胞内に戻ったGlut4ですが、
その後もしばらくはトランスロケーションしやすくなっているのですね。
2023/03/27(Mon) 16:07 | URL | ドクター江部 | 【編集
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