2019年01月15日 (火)
こんにちは。
しらねのぞるばさんから
2019年1月11日(金)~13日(日)まで開催された
第22回 日本病態栄養学会年次学術集会の感想をコメントして頂きました。
ありがとうございます。
総じて、
『糖尿病患者の低カロリー食は適切か?』
『高齢者のタンパク質摂取量』
『カーボカウントと妊娠糖尿病など』
『病態をみて個別に決定』
の4つのポイントに分けることができそうです。
なお、2018年11月5日に行われた
日本糖尿病学会主催の『糖尿病食事療法に関するシンポジウム』に、
山田悟氏と門脇孝氏もシンポジストとして参加されました。
日本糖尿病学会理事長の門脇孝氏は
「次回のガイドラインでは食事療法を大きく変える」と発言されたとのことです。
しらねのぞるばさんご指摘のように、
「食品交換表」編集委員会委員長であった
糖質制限強硬反対派の石田均 杏林大学教授が、
順天堂大学の綿田裕孝教授に交代 となったことなどよい前兆もあります。
おそらく、糖尿病学会内部でも、糖質制限反対派と許容派のせめぎ合いがある段階だと
思われますが、2019年度の新ガイドライン、
糖質制限賛成派の私としては、
夜明けは近いと、ちょっぴり期待しています。 (^^)
A)
摂取エネルギーが、今まで低すぎたのではないかという議論
a)日本糖尿病学会の『糖尿病治療ガイド2018-2019』
エネルギー摂取量=標準体重×身体活動量(軽労作25~30、普通労作30~35、重労作35~):男性では1,600~2,000kcal/日、女性では1,400~1,800kcal/日
b)厚生労働省の食事摂取基準(2015年版)
エネルギー摂取量=現体重×身体活動レベル(軽労作30~37.5、普通労作35~43.75、重労作40~50)
このエネルギー摂取量は、
日本糖尿病学会の基準が厚生労働省の基準に比べてかなり低い設定です。
しかし、しらねのぞるばさんが、ご指摘のように
「糖尿病患者は健常人に比べて基礎代謝が低い」ということには
何の根拠もなかったのです。
それどころか日本人2型糖尿病患者のエネルギー消費量を
二重標識水法という精細な方法で検討したところ、
健常者と全く同等であることが判明したのです。(国立健康・栄養研究所からの報告。J Diabetes Invesitg 2018年8月30日オンライン版)。
ここにおいて、2型糖尿病において、従来の糖尿病食(カロリー制限食)には、
根拠がないことが明らかとなりました。
第22回 日本病態栄養学会年次学術集会での、
『従来の糖尿病食は低カロリー過ぎるのではないか』という議論は
ご指摘のごとく、遅きに失した感はありますが、
やっとそれに気がついてくれただけましですかね。
B)
高齢者のタンパク質摂取量の適正は?
「これまで各種のガイドラインでは,食事の脂質・蛋白質の摂りすぎを戒めてきたが,
高齢者はむしろ1g/kgよりももっと多くの蛋白質を摂取することが
サルコペニア防止に有効なのではないか」
これはその通りですね。
高齢者は充分量のタンパク質、特に動物性タンパク質を摂取するのが
望ましいです。
また、動物性脂肪もしっかり摂取して、カロリーも充分量を確保してほしいです。
ちなみに、私も69歳となり、高齢者ですが、
摂取タンパク量は、約2.5g/kgくらいでかなり多いですが、
腎機能は勿論正常です。。
筋力は、自覚的には60歳頃と変わりないですし、
階段も4~5階くらいまでは駆け上がります。
C)
カーボカウントと妊娠糖尿病など
「血糖値に直接影響を与えるのは糖質のみで、タンパク質・脂質は与えない」
という生理学的事実に基づく糖尿病治療食である『糖質制限食』対して、
どのように認識し、どのように評価かが重要です。
米国糖尿病学会が2013年10月『成人糖尿病患者の食事療法に関する声明』において
糖質制限食を正式に容認したことを前提にして、日本病態栄養学会でも
少しは議論されるのかと思いましたが、まだまだ夜明け前ですかね?
妊娠糖尿病はそもそもインスリン抵抗性が増大して発症する病態であり、
内因性インスリンは過剰分泌状態です。
そこにインスリンを注射して、おにぎりやパンを食べさせるとは
ビックリです。
妊娠糖尿病でも体重コントロールはとても大切ですが、
糖質を食べてインスリンを大量に打てばどんどん肥満しますし、
食後高血糖、血糖乱高下、低血糖のリスクも高まり、
肥満すれば難産となるし、母子ともに弊害があります。
妊娠糖尿病は、糖質制限食で、インスリン注射なしで治療するのが
母子ともに健康で安全で安産への道筋です。
D)
病態をみて個別に決定
[締めくくりの一言で新潟大学の曽根先生が「日本人は何事もこまかく規則で決めようとする. この感覚からすると『欧米の食事療法はいい加減だ,荒っぽい』と感じるのだろう.しかし,そもそも食事療法に何らかの共通規則を求めるのは不合理だと,欧米はとっくに気づいているのではないか.だからここそ『病態をみて個別に決定』を最高のガイドラインとしている」と言われました ]
これは曽根先生の仰る通りですね。
『病態を見て個別に決定』或いは『病態により自分で考えて自分で選択する』
というように、自己管理・自己責任という文化が欧米では定着しているのかもしれません。
日本糖尿病学会が1969年以来50年間、
「カロリー制限食」唯一推奨してきたのとは大きな違いです。
米国糖尿病学会ガイドラインにおいても、
「糖質制限食」「地中海食」「ベジタリアン食」「高血圧食」「脂肪制限食」
の5択の中から、自己管理・自己責任をベースに自分で選択するというスタンスです。
江部康二
【日付 名前
19/01/13 しらねのぞるば
第22回 日本病態栄養学会年次学術集会の感想 ~夜明けは遠いのか~
横浜で開催されている第22回 日本病態栄養学会年次学術集会に参加してきました.
今回の参加の目的はただ一つ,
5月に予定されている「糖尿病診療ガイドライン」改訂で食事療法変更の方向が示唆されるのではないか,これを見極めることです.
なぜなら,もしも1月のこの学会で
『従来の食品交換表による高糖質糖尿病食は最適である.何も変える必要はない』
としておいて,それを5月の糖尿病学会でひっくり返せるでしょうか?
そんなことをしたら,なによりも全国の管理栄養士が怒るでしょう.
したがって,5月に糖尿病の食事療法で方針変更が発表されるのであれば,
それは4か月前のこの病態栄養学会においても,
少なくとも示唆くらいはなされるのではないかと考えました.
振り返れば,前兆は既にいくつか見られます.
第1の前兆は,長らく「食品交換表」編集委員会委員長であった石田均 杏林大学教授が,順天堂大学の綿田裕孝教授に交代したことです.
石田先生は『和食に優る食事療法はない 食品交換表は糖尿病食事療法のバイブルだ』と公言されるほど糖質制限食に終始ネガティブでしたから,
ひょっとしたら今回の委員長交代で路線が変わるのでは,という予想です[※後述].
第2の前兆は,昨年11月に日本糖尿病学会が5年ぶりに開催した「食事療法に関するシンポジウム」 で,現行カロリー制限食の妥当性に疑問が出されたこと.
第3の前兆は,今回の病態栄養学会の抄録集から 講演抄録が一切消えたこと[★].
こんなことは初めてです.
単に手が回らなかっただけなのか,
それとも直前になっても議論が紛糾して講演内容が定まらなかったのか,
ひょっとしたら後者ではないのかと推測したからです.
[★]総会の席でも,
「どうして廃止したのか 納得できない」という意見が出ておりました.
以上の前兆をみたうえで,
今回の病態栄養学会で 関連しそうな講演・シンポジウムに参加してみました.
【1】会長講演 1/12 8:40-9:00 横浜市大 寺内康夫 教授
病態栄養学会は,糖尿病だけが専門ではないのですが,会長講演の時間の半分以上は,
糖尿病・食事療法にあてていました.
「糖尿病の治療は,この20年間に大きく進歩したが,反面 治療の効果のみを重視して,糖尿病患者の負担・ストレスを押し付けるものであってはならない. 厚労省のデータを見ても,現在の1600kcalという設定は過少ではないか.また昨年11月の食事療法シンポジウムでも,これまでは特に肥満の糖尿病患者には,あまりにも厳しい低カロリーを強要していたのではないかという問題提起もなされている.医師は栄養学に疎く,栄養士は病態の理解は不十分,よって両者が協力して病態栄養学確立が必要.まだまだ科学的に検証されたことは少ない」
【2】理事長講演 1/12 10:00-10:30 関電病院 清野裕 総長
がん病態専門の話がほとんどで,糖尿病への言及はほとんどなし.
懐石料理で米飯が最後に出るという点は食べ順療法と似ているなど.
【3】合同パネルディスカッション #1 ~疾患を踏まえた高齢者の栄養管理~
高齢者は複数の疾病を持つことが多いが,全身症状であるサルコペニアが近年問題になっている. これまで各種のガイドラインでは,食事の脂質・蛋白質の摂りすぎを戒めてきたが,高齢者はむしろ1g/kgよりももっと多くの蛋白質を摂取することがサルコペニア防止に有効なのではないか,関連学会でコンセンサスをとりつつある.
【4】シンポジウム #4 ~日本人2型糖尿病患者の食事の現状と大規模臨床エビデンス~
現在のカロリー制限食では,なによりも患者に許容するカロリーをどう算出するかがもっとも重要なポイントであるはずだが,その根拠がおかしいという,その点では深刻な問題であり,これを今回見直す方向.
適正エネルギー = [BMI22から算出した標準体重] ×[活動度係数(25~35)]
右辺で BMI=22を理想とすること,及び 活動係数では従来25kcal/kgを標準としていたが,そのどちらも過少ではないのか,と昨年11月のシンポジウムで提議された.
特に高齢者でもっとも総死亡率が低いのはBMI=25と言われており,
これをBMI=22に誘導することは
『死にやすくなる食事療法』を指導していることになる
また最近の精密測定結果では,通常の成人がデスクワーク主体の軽労作であっても,
活動度は30以上であり,実態と乖離しているのでこれも見直すべきか検討中.
実体重をベースにし,「普通の」活動度を30とすれば,
現状摂取カロリーと設定カロリーとで極端な乖離はなくなる.
もちろんそうするとそれはそれで不都合も出てきて反対もある. 例えばBMI20をはるかに下回る「痩せすぎ」の人には,実体重基準にするとますます痩せてしまうだろう.逆に高度肥満の人の場合は実体重基準では肥満解消は望めない.
今後議論を進めていきたい.
まあたしかに結構なことですが,しかし『それに今頃気づいたのですか?』というのが正直な感想です. 多くの糖尿病患者が病院で出された食事を見て「先生,これでは少なぎます. 腹が減ってたまりません」と何十年も言い続けてきたのに聞く耳を持たず,今になって『ちょっとおかしいかな』とは.
そもそも「糖尿病患者は健常人に比べて基礎代謝が低い」ということには何の根拠もなかったはず.「2型糖尿病患者はぐうたらの怠け者なのだから,基礎代謝だって低いだろう」という偏見だけで決めつけてきたととしか思えません.
私が 改訂委員長なら「実体重と活動度30に決定する. それで著しい不都合があるなら適宜Adjustせよ.それくらい自分で考えろ」とガイドラインに書くのですが.
なお,このシンポジウムでは『食後高血糖』という言葉は一切出ませんでした.
【5】シンポジウム #10 ~カーボカウントによる食事指導の有用性と課題~
カーボカウントを患者の栄養指導にどう活用しているか,というテーマですが,聞いていて感じたのは「いまだにこんなクラシックな世界があるのか」という印象です.
「カーボカウントと糖質制限は違う.一緒にするな」というベースがあるのでしょうが,もはや糖質制限反対派の人ですらあまり引用しなくなった BMJ論文やPNAS論文を根拠にして,患者に糖質制限を行わないように指導しているとか,血糖値の上昇を心配する妊婦が糖質を控えていると,間食におにぎりやパンを食べさせて,その分インスリンを増量するなど,呆れました.妊娠糖尿病では,生まれてくる赤ちゃんを人質に取られているようなものですから妊婦は反論できません.男性は絶対に立ち入れない世界ですが,いまだにこんなことが行われているのはどうにかならないものでしょうか.
今回の学会を私なりに総括すると,
[1]カロリー制限食の設定カロリー計算のベースとなるBMIと体重が,これまでは不合理であったことを認めて,今後BMI=22をかたくなに守ることはしない.
[2]従来GLで蛋白質摂取[量ではなく]率を年齢無視で一律にしていたのを,高齢者には望ましくないと認めたこと,1g/kg以上の蛋白質摂取[量]を認める方向にしたこと
この2つを事前アナウンスすることだけが目的であったと思われます.ただしいずれも「現在 検討中」とのことで,これですら確定ではないようです.
カロリー制限食の算定基準数値を見直し,また高齢者への適用を考慮して,多少柔軟性を持たせるという方向ですが,これは逆にいえば,カロリー制限食の枠組みは変えない,と宣言しているように聞こえます.
また 高齢者の例などあげて,「個別化医療にシフトすべき」を打ち出してはいますが,そうは言いつつ,その個別化医療をこまかく規定しようとしているのは矛盾しています.
2日目午後のシンポジウム#4の締めくくりの一言で新潟大学の曽根先生が「日本人は何事もこまかく規則で決めようとする. この感覚からすると『欧米の食事療法はいい加減だ,荒っぽい』と感じるのだろう.しかし,そもそも食事療法に何らかの共通規則を求めるのは不合理だと,欧米はとっくに気づいているのではないか.だからここそ『病態をみて個別に決定』を最高のガイドラインとしている」と言われましたが,本当にそう思います.個々の患者を見ずに統計で丸められた数値だけを見て,【個別化医療のやり方を一律に規定しようとする】のは本質的に矛盾している行為です.
[※]最終日のランチョンセミナーで綿田先生は,『食品交換表は,初版の前書きでは「手軽に使えること」とあったのだが,版を重ねるにつれて,完璧をめざすあまり複雑になりすぎた.今後は初心に立ち返りたい』とも述べておられました. 期待します.
以上 】
しらねのぞるばさんから
2019年1月11日(金)~13日(日)まで開催された
第22回 日本病態栄養学会年次学術集会の感想をコメントして頂きました。
ありがとうございます。
総じて、
『糖尿病患者の低カロリー食は適切か?』
『高齢者のタンパク質摂取量』
『カーボカウントと妊娠糖尿病など』
『病態をみて個別に決定』
の4つのポイントに分けることができそうです。
なお、2018年11月5日に行われた
日本糖尿病学会主催の『糖尿病食事療法に関するシンポジウム』に、
山田悟氏と門脇孝氏もシンポジストとして参加されました。
日本糖尿病学会理事長の門脇孝氏は
「次回のガイドラインでは食事療法を大きく変える」と発言されたとのことです。
しらねのぞるばさんご指摘のように、
「食品交換表」編集委員会委員長であった
糖質制限強硬反対派の石田均 杏林大学教授が、
順天堂大学の綿田裕孝教授に交代 となったことなどよい前兆もあります。
おそらく、糖尿病学会内部でも、糖質制限反対派と許容派のせめぎ合いがある段階だと
思われますが、2019年度の新ガイドライン、
糖質制限賛成派の私としては、
夜明けは近いと、ちょっぴり期待しています。 (^^)
A)
摂取エネルギーが、今まで低すぎたのではないかという議論
a)日本糖尿病学会の『糖尿病治療ガイド2018-2019』
エネルギー摂取量=標準体重×身体活動量(軽労作25~30、普通労作30~35、重労作35~):男性では1,600~2,000kcal/日、女性では1,400~1,800kcal/日
b)厚生労働省の食事摂取基準(2015年版)
エネルギー摂取量=現体重×身体活動レベル(軽労作30~37.5、普通労作35~43.75、重労作40~50)
このエネルギー摂取量は、
日本糖尿病学会の基準が厚生労働省の基準に比べてかなり低い設定です。
しかし、しらねのぞるばさんが、ご指摘のように
「糖尿病患者は健常人に比べて基礎代謝が低い」ということには
何の根拠もなかったのです。
それどころか日本人2型糖尿病患者のエネルギー消費量を
二重標識水法という精細な方法で検討したところ、
健常者と全く同等であることが判明したのです。(国立健康・栄養研究所からの報告。J Diabetes Invesitg 2018年8月30日オンライン版)。
ここにおいて、2型糖尿病において、従来の糖尿病食(カロリー制限食)には、
根拠がないことが明らかとなりました。
第22回 日本病態栄養学会年次学術集会での、
『従来の糖尿病食は低カロリー過ぎるのではないか』という議論は
ご指摘のごとく、遅きに失した感はありますが、
やっとそれに気がついてくれただけましですかね。
B)
高齢者のタンパク質摂取量の適正は?
「これまで各種のガイドラインでは,食事の脂質・蛋白質の摂りすぎを戒めてきたが,
高齢者はむしろ1g/kgよりももっと多くの蛋白質を摂取することが
サルコペニア防止に有効なのではないか」
これはその通りですね。
高齢者は充分量のタンパク質、特に動物性タンパク質を摂取するのが
望ましいです。
また、動物性脂肪もしっかり摂取して、カロリーも充分量を確保してほしいです。
ちなみに、私も69歳となり、高齢者ですが、
摂取タンパク量は、約2.5g/kgくらいでかなり多いですが、
腎機能は勿論正常です。。
筋力は、自覚的には60歳頃と変わりないですし、
階段も4~5階くらいまでは駆け上がります。
C)
カーボカウントと妊娠糖尿病など
「血糖値に直接影響を与えるのは糖質のみで、タンパク質・脂質は与えない」
という生理学的事実に基づく糖尿病治療食である『糖質制限食』対して、
どのように認識し、どのように評価かが重要です。
米国糖尿病学会が2013年10月『成人糖尿病患者の食事療法に関する声明』において
糖質制限食を正式に容認したことを前提にして、日本病態栄養学会でも
少しは議論されるのかと思いましたが、まだまだ夜明け前ですかね?
妊娠糖尿病はそもそもインスリン抵抗性が増大して発症する病態であり、
内因性インスリンは過剰分泌状態です。
そこにインスリンを注射して、おにぎりやパンを食べさせるとは
ビックリです。
妊娠糖尿病でも体重コントロールはとても大切ですが、
糖質を食べてインスリンを大量に打てばどんどん肥満しますし、
食後高血糖、血糖乱高下、低血糖のリスクも高まり、
肥満すれば難産となるし、母子ともに弊害があります。
妊娠糖尿病は、糖質制限食で、インスリン注射なしで治療するのが
母子ともに健康で安全で安産への道筋です。
D)
病態をみて個別に決定
[締めくくりの一言で新潟大学の曽根先生が「日本人は何事もこまかく規則で決めようとする. この感覚からすると『欧米の食事療法はいい加減だ,荒っぽい』と感じるのだろう.しかし,そもそも食事療法に何らかの共通規則を求めるのは不合理だと,欧米はとっくに気づいているのではないか.だからここそ『病態をみて個別に決定』を最高のガイドラインとしている」と言われました ]
これは曽根先生の仰る通りですね。
『病態を見て個別に決定』或いは『病態により自分で考えて自分で選択する』
というように、自己管理・自己責任という文化が欧米では定着しているのかもしれません。
日本糖尿病学会が1969年以来50年間、
「カロリー制限食」唯一推奨してきたのとは大きな違いです。
米国糖尿病学会ガイドラインにおいても、
「糖質制限食」「地中海食」「ベジタリアン食」「高血圧食」「脂肪制限食」
の5択の中から、自己管理・自己責任をベースに自分で選択するというスタンスです。
江部康二
【日付 名前
19/01/13 しらねのぞるば
第22回 日本病態栄養学会年次学術集会の感想 ~夜明けは遠いのか~
横浜で開催されている第22回 日本病態栄養学会年次学術集会に参加してきました.
今回の参加の目的はただ一つ,
5月に予定されている「糖尿病診療ガイドライン」改訂で食事療法変更の方向が示唆されるのではないか,これを見極めることです.
なぜなら,もしも1月のこの学会で
『従来の食品交換表による高糖質糖尿病食は最適である.何も変える必要はない』
としておいて,それを5月の糖尿病学会でひっくり返せるでしょうか?
そんなことをしたら,なによりも全国の管理栄養士が怒るでしょう.
したがって,5月に糖尿病の食事療法で方針変更が発表されるのであれば,
それは4か月前のこの病態栄養学会においても,
少なくとも示唆くらいはなされるのではないかと考えました.
振り返れば,前兆は既にいくつか見られます.
第1の前兆は,長らく「食品交換表」編集委員会委員長であった石田均 杏林大学教授が,順天堂大学の綿田裕孝教授に交代したことです.
石田先生は『和食に優る食事療法はない 食品交換表は糖尿病食事療法のバイブルだ』と公言されるほど糖質制限食に終始ネガティブでしたから,
ひょっとしたら今回の委員長交代で路線が変わるのでは,という予想です[※後述].
第2の前兆は,昨年11月に日本糖尿病学会が5年ぶりに開催した「食事療法に関するシンポジウム」 で,現行カロリー制限食の妥当性に疑問が出されたこと.
第3の前兆は,今回の病態栄養学会の抄録集から 講演抄録が一切消えたこと[★].
こんなことは初めてです.
単に手が回らなかっただけなのか,
それとも直前になっても議論が紛糾して講演内容が定まらなかったのか,
ひょっとしたら後者ではないのかと推測したからです.
[★]総会の席でも,
「どうして廃止したのか 納得できない」という意見が出ておりました.
以上の前兆をみたうえで,
今回の病態栄養学会で 関連しそうな講演・シンポジウムに参加してみました.
【1】会長講演 1/12 8:40-9:00 横浜市大 寺内康夫 教授
病態栄養学会は,糖尿病だけが専門ではないのですが,会長講演の時間の半分以上は,
糖尿病・食事療法にあてていました.
「糖尿病の治療は,この20年間に大きく進歩したが,反面 治療の効果のみを重視して,糖尿病患者の負担・ストレスを押し付けるものであってはならない. 厚労省のデータを見ても,現在の1600kcalという設定は過少ではないか.また昨年11月の食事療法シンポジウムでも,これまでは特に肥満の糖尿病患者には,あまりにも厳しい低カロリーを強要していたのではないかという問題提起もなされている.医師は栄養学に疎く,栄養士は病態の理解は不十分,よって両者が協力して病態栄養学確立が必要.まだまだ科学的に検証されたことは少ない」
【2】理事長講演 1/12 10:00-10:30 関電病院 清野裕 総長
がん病態専門の話がほとんどで,糖尿病への言及はほとんどなし.
懐石料理で米飯が最後に出るという点は食べ順療法と似ているなど.
【3】合同パネルディスカッション #1 ~疾患を踏まえた高齢者の栄養管理~
高齢者は複数の疾病を持つことが多いが,全身症状であるサルコペニアが近年問題になっている. これまで各種のガイドラインでは,食事の脂質・蛋白質の摂りすぎを戒めてきたが,高齢者はむしろ1g/kgよりももっと多くの蛋白質を摂取することがサルコペニア防止に有効なのではないか,関連学会でコンセンサスをとりつつある.
【4】シンポジウム #4 ~日本人2型糖尿病患者の食事の現状と大規模臨床エビデンス~
現在のカロリー制限食では,なによりも患者に許容するカロリーをどう算出するかがもっとも重要なポイントであるはずだが,その根拠がおかしいという,その点では深刻な問題であり,これを今回見直す方向.
適正エネルギー = [BMI22から算出した標準体重] ×[活動度係数(25~35)]
右辺で BMI=22を理想とすること,及び 活動係数では従来25kcal/kgを標準としていたが,そのどちらも過少ではないのか,と昨年11月のシンポジウムで提議された.
特に高齢者でもっとも総死亡率が低いのはBMI=25と言われており,
これをBMI=22に誘導することは
『死にやすくなる食事療法』を指導していることになる
また最近の精密測定結果では,通常の成人がデスクワーク主体の軽労作であっても,
活動度は30以上であり,実態と乖離しているのでこれも見直すべきか検討中.
実体重をベースにし,「普通の」活動度を30とすれば,
現状摂取カロリーと設定カロリーとで極端な乖離はなくなる.
もちろんそうするとそれはそれで不都合も出てきて反対もある. 例えばBMI20をはるかに下回る「痩せすぎ」の人には,実体重基準にするとますます痩せてしまうだろう.逆に高度肥満の人の場合は実体重基準では肥満解消は望めない.
今後議論を進めていきたい.
まあたしかに結構なことですが,しかし『それに今頃気づいたのですか?』というのが正直な感想です. 多くの糖尿病患者が病院で出された食事を見て「先生,これでは少なぎます. 腹が減ってたまりません」と何十年も言い続けてきたのに聞く耳を持たず,今になって『ちょっとおかしいかな』とは.
そもそも「糖尿病患者は健常人に比べて基礎代謝が低い」ということには何の根拠もなかったはず.「2型糖尿病患者はぐうたらの怠け者なのだから,基礎代謝だって低いだろう」という偏見だけで決めつけてきたととしか思えません.
私が 改訂委員長なら「実体重と活動度30に決定する. それで著しい不都合があるなら適宜Adjustせよ.それくらい自分で考えろ」とガイドラインに書くのですが.
なお,このシンポジウムでは『食後高血糖』という言葉は一切出ませんでした.
【5】シンポジウム #10 ~カーボカウントによる食事指導の有用性と課題~
カーボカウントを患者の栄養指導にどう活用しているか,というテーマですが,聞いていて感じたのは「いまだにこんなクラシックな世界があるのか」という印象です.
「カーボカウントと糖質制限は違う.一緒にするな」というベースがあるのでしょうが,もはや糖質制限反対派の人ですらあまり引用しなくなった BMJ論文やPNAS論文を根拠にして,患者に糖質制限を行わないように指導しているとか,血糖値の上昇を心配する妊婦が糖質を控えていると,間食におにぎりやパンを食べさせて,その分インスリンを増量するなど,呆れました.妊娠糖尿病では,生まれてくる赤ちゃんを人質に取られているようなものですから妊婦は反論できません.男性は絶対に立ち入れない世界ですが,いまだにこんなことが行われているのはどうにかならないものでしょうか.
今回の学会を私なりに総括すると,
[1]カロリー制限食の設定カロリー計算のベースとなるBMIと体重が,これまでは不合理であったことを認めて,今後BMI=22をかたくなに守ることはしない.
[2]従来GLで蛋白質摂取[量ではなく]率を年齢無視で一律にしていたのを,高齢者には望ましくないと認めたこと,1g/kg以上の蛋白質摂取[量]を認める方向にしたこと
この2つを事前アナウンスすることだけが目的であったと思われます.ただしいずれも「現在 検討中」とのことで,これですら確定ではないようです.
カロリー制限食の算定基準数値を見直し,また高齢者への適用を考慮して,多少柔軟性を持たせるという方向ですが,これは逆にいえば,カロリー制限食の枠組みは変えない,と宣言しているように聞こえます.
また 高齢者の例などあげて,「個別化医療にシフトすべき」を打ち出してはいますが,そうは言いつつ,その個別化医療をこまかく規定しようとしているのは矛盾しています.
2日目午後のシンポジウム#4の締めくくりの一言で新潟大学の曽根先生が「日本人は何事もこまかく規則で決めようとする. この感覚からすると『欧米の食事療法はいい加減だ,荒っぽい』と感じるのだろう.しかし,そもそも食事療法に何らかの共通規則を求めるのは不合理だと,欧米はとっくに気づいているのではないか.だからここそ『病態をみて個別に決定』を最高のガイドラインとしている」と言われましたが,本当にそう思います.個々の患者を見ずに統計で丸められた数値だけを見て,【個別化医療のやり方を一律に規定しようとする】のは本質的に矛盾している行為です.
[※]最終日のランチョンセミナーで綿田先生は,『食品交換表は,初版の前書きでは「手軽に使えること」とあったのだが,版を重ねるにつれて,完璧をめざすあまり複雑になりすぎた.今後は初心に立ち返りたい』とも述べておられました. 期待します.
以上 】
都内河北 鈴木です。
本日記事の、しらねのぞるばさんの情報提供を読み、
遅かりしとは言え「時代進化」感じます!!
私は2005年発表、江部先生「糖質制限理論」を、2012,9、にタマタマ知り得て、21年間が後半7年「医療世界情報・隠蔽」状況にあった1患者が
「生還、覚醒」している私自身が存在している現実があるにもかかわらずです!
「日本糖尿病学会」専門医療組織が、
何の改善しない「カロリ~制限理論」を長年信奉している事が、
不思議ですが??!!
本日記事で、真理ある江部先生「糖質制限理論」を、「日本糖尿病学会」が
否定できない、肯定している事が理解でき、
当然至極の如く、嬉しく思います!!
江部先生には、私が「生還、覚醒」して行く事が出来て、感謝尽きません!!
ありがとうございます。
敬具
本日記事の、しらねのぞるばさんの情報提供を読み、
遅かりしとは言え「時代進化」感じます!!
私は2005年発表、江部先生「糖質制限理論」を、2012,9、にタマタマ知り得て、21年間が後半7年「医療世界情報・隠蔽」状況にあった1患者が
「生還、覚醒」している私自身が存在している現実があるにもかかわらずです!
「日本糖尿病学会」専門医療組織が、
何の改善しない「カロリ~制限理論」を長年信奉している事が、
不思議ですが??!!
本日記事で、真理ある江部先生「糖質制限理論」を、「日本糖尿病学会」が
否定できない、肯定している事が理解でき、
当然至極の如く、嬉しく思います!!
江部先生には、私が「生還、覚醒」して行く事が出来て、感謝尽きません!!
ありがとうございます。
敬具
2019/01/15(Tue) 13:37 | URL | 都内河北 鈴木 | 【編集】
今、Twitterで
ジャンクハンター吉田@Yoshidamian
人柱として書いておいたほうがいいのかな。20歳から格闘技やっていた時にプロテイン飲料を常に摂取していたんですね。で、ケガで25歳に格闘技をほぼリタイアしてもクセで最近までプロテイン飲料を常用してました。それが過剰摂取となりタンパク質摂取過多が原因で腎不全に……。皆さんも注意しましょう
というツイートがちょっとした話題になっています。
最近では、タンパク質の量の多さと腎臓の病気は相関関係が無いということは論文などで確認されていて、有力なエビデンスがない状況ですよね。
でも、やはり心配する人には、医学的な観点で理論的に考えたら、タンパク質を大量に分解した時に出る副産物の尿酸、尿素窒素、クレアチニンなどが腎臓に負担をかけ続けるから、腎不全につながるという主張が見られます。確かにこれらの値が上がっているとき、腎臓に負担をかけないとしたら、どこに行ってしまうのか?腎臓を通過するなら影響は本当に少ないのか?
こういった不安が頭をよぎるのはよく理解出来ます。
是非腎臓病とタンパク質摂取量の相関関係についての江部先生のお考えや経験をお聞かせ願いたいです。
ジャンクハンター吉田@Yoshidamian
人柱として書いておいたほうがいいのかな。20歳から格闘技やっていた時にプロテイン飲料を常に摂取していたんですね。で、ケガで25歳に格闘技をほぼリタイアしてもクセで最近までプロテイン飲料を常用してました。それが過剰摂取となりタンパク質摂取過多が原因で腎不全に……。皆さんも注意しましょう
というツイートがちょっとした話題になっています。
最近では、タンパク質の量の多さと腎臓の病気は相関関係が無いということは論文などで確認されていて、有力なエビデンスがない状況ですよね。
でも、やはり心配する人には、医学的な観点で理論的に考えたら、タンパク質を大量に分解した時に出る副産物の尿酸、尿素窒素、クレアチニンなどが腎臓に負担をかけ続けるから、腎不全につながるという主張が見られます。確かにこれらの値が上がっているとき、腎臓に負担をかけないとしたら、どこに行ってしまうのか?腎臓を通過するなら影響は本当に少ないのか?
こういった不安が頭をよぎるのはよく理解出来ます。
是非腎臓病とタンパク質摂取量の相関関係についての江部先生のお考えや経験をお聞かせ願いたいです。
2019/01/16(Wed) 08:35 | URL | クワトロ | 【編集】
今回の第62回 学会と同時に発行を予定されていた 治療ガイドライン2019は,夏頃に延期になったようです.
延期の理由は『第3章 食事療法』に関する文面が確定しなかったため.
延期の理由は『第3章 食事療法』に関する文面が確定しなかったため.
2019/05/24(Fri) 13:00 | URL | しらねのぞるば | 【編集】
しらねのぞるば さん
『治療ガイドライン2019は,夏頃に延期』
情報をありがとうございます。
なかなか、意味深ですね。
糖質制限食をどう扱うかということで、揉めているのかもしません。
そういうことなら、今回の米国糖尿病学会の
『糖質制限食が最もエビデンスが豊富』という見解は
大きな追い風ですが・・・。
『治療ガイドライン2019は,夏頃に延期』
情報をありがとうございます。
なかなか、意味深ですね。
糖質制限食をどう扱うかということで、揉めているのかもしません。
そういうことなら、今回の米国糖尿病学会の
『糖質制限食が最もエビデンスが豊富』という見解は
大きな追い風ですが・・・。
2019/05/24(Fri) 16:21 | URL | ドクター江部 | 【編集】
仙台で行われた学会に参加してきました. 今回の注目点は,学会の食事療法に関するスタンスが変わるのかどうかでしたが,この点に関して,ご報告いたします. なお,図表なども含めた報告,および食事療法以外のテーマについては,私のブログ 『しらねのぞるばの暴言ブログ』
https://shiranenozorba.com/
に掲載しております.
下記文章で[図]とあるものは,ブログに掲載しています.またグラフなどは,スライドの手書きスケッチなので,正確ではありません.
【1】糖尿病治療ガイド 2019年改訂版の発行は延期
多くの方が,今回の学会でガイドライン,特に食事療法のガイドラインが改訂されると予想していたのですが,まさにその食事療法について学会内部で意見がまとまらなかったことが発行延期の原因のようです. 『決められない政治』はここにもあります.
大体,初日 5/23の朝に学会会場(仙台 国際センター)に着いた時,嫌な予感がしました. なぜかといえば,医学書販売コーナーで,どの書店のブースにも 旧版の治療ガイド(2018-2019)が山積みされていたからです.
[図]
この学会で新ガイドラインが出るのなら,旧版はもう売れるはずのないものですから,『これでは 改訂版は出ないんじゃないのかも...』と思いましたが,悪い予感ほど的中するものです.
とはいえ,今年1月の日本病態栄養学会で『予告』されていた内容,つまり;
- 従来過少であった設定カロリーは見直す.
- 年齢・性別を問わず,BMI=22を一律に標準体重としていたのを見直す.
- 高齢者のフレイル・サルコペニア対策として,蛋白質摂取を奨励する.
この点については,確定していたようです.
とすると,消去法により,カロリー制限食の変更についての合意が得られなかった可能性があります.ただしこれはあくまでも私の推測です.
【Featured Symposium 5】ガイドラインからみた食事療法の課題と展望
今回唯一の食事療法に関するシンポジウムでした.学会最終日の午後という日程設定からみてもわかるように,本来ならここで新ガイドラインが詳しく紹介されるはずだったのでしょう. 各講演内容にはそれがうかがわれます. ただし新ガイドラインで合意できなかったのは残念ですが,その点を割り引いても このシンポジウムの内容は実に充実したものであり,仙台に来た甲斐はありました.
シンポジウムの座長が 慈恵医大の宇都宮一典先生は妥当としても,もう一方の座長が伊藤千賀子先生でした,食品交換表を聖典とあがめる方ですが,まだご健在なのですね.
事前に配布された抄録集では,このシンポジウムの内容は一切記載されていませんでした(冒頭の宇都宮座長の食品交換表のこれまでの歴史概観のみが掲載されているだけで,それ以外の講演は演者名とテーマのみ).新ガイドラインをここで発表という予定だったのだから当然です.以下,講演を聞きながら書き留めたメモです.
【FS5-1】 糖尿病の食事療法における課題 慈恵医大 宇都宮一典先生
ガイドラインの改訂は間に合わなかったが,現時点での改訂原案を紹介する.
[食事療法を糖尿病患者一律に規定するのはもはや不可能]
日本人の糖尿病は,インスリン分泌不全が特徴だったが,近年は欧米型の肥満-インスリン抵抗性の糖尿病も増えており,両者が混在している.また合併症も多種多様,最近ではいわゆる3大合併症以外にもガン・認知症との関連も指摘されている. このような状況では,糖尿病患者に一律に同じ食事療法を適用するのは不合理.
[個別化が必須]
日本社会の高齢化に伴い,高齢者の糖尿病が増えている. その一方で,小児からでも2型糖尿病発症も増加している. すなわち患者は子供から超高齢者まで多彩.これらに同じ食事療法は適用できない. 年齢・性別・病態を考慮して個別化された食事療法が必須である.
[いわゆる標準体重の見直し]
ひるがえれば,日本が戦後の混乱期の頃は食料事情・栄養事情がよくなかった.それが高度成長期にさしかかり食事内容も大きく変化した.食品交換表初版はまさにこの時期に出版され,そこでは当時の最適水準として 標準体重,後のBMI=22を規定した. ところが現在 世界各国の「健康上Bestな体重」は国ごとに異なる.しかも,総死亡率がもっとも低いBMIは,おおむね BMI=20~25をボトムとするU字カーブを描くものの,その最適値は,年齢・性別で異なる. また高齢化するほど,ボトムは右にシフトし,かつ幅が広がる傾向にある[図].これは日本のJDCSにて,糖尿病患者のデータを見てもその傾向はある. よって,同じ身長なら同じBMIであるべきという考えは適切ではない.
[図]
[従来の適正カロリーは過少すぎた]
本日のFS5-2の講演の通り,糖尿病患者であっても,消費カロリーは健常人と変わらない. また日常生活の軽労作・普通・重労作別のエネルギ係数も低く見積もりすぎていた.このことから,従来のカロリー制限食で設定していたカロリー設定は過少であり,これを見直す.また高度肥満者(BMI>=30)であっても,BMI=22とエネルギー係数25-30をめざして 1600kcalなどとしていた設定は,結局遵守不可能であり,過酷すぎたのであらためる.具体的には一気に適正体重をめざすのではなく,現実的な目標体重をめざす設定とする.
[高齢者のサルコペニア防止にむけて]
高齢者の総死亡率は,若年者・中年者では肥満とされるBMI=25以上で実はもっとも低いというデータに鑑みて,BMI=25を標準とする. また中年では BMI=22-25と幅をもたせる.若年のBMI=22はこれまで通り.
[改訂案の具体例]
身長170cm,体重90kg(BMI=31)の肥満者は,従来 65kgをめざすべしとして,1600-1900kcalの食事だったが,これをまず現実的な体重減少をめざして 2200kcalくらいを認める.同じく 身長170cm,体重50kg(BMI=17)極端な痩せ型の高齢者の場合は,サルコペニアが懸念されるので,摂取カロリー 2200-2500kcalくらいを推奨する.
【FS5-2】 エネルギー必要量の考え方 慶應大学 勝川史憲先生
勝川先生は,健常人と糖尿病患者(インスリン治療者,経口糖尿病薬服用者,食事/運動療法のみ,とすべての糖尿病患者を含む)とでは,エネルギー消費量に差がないことを,二重ラベル化水(Doubly Labeled Water)を用いて厳密に証明したCLEVER-DM Studyのメンバーでもあります. この研究成果はDiabetes に掲載された論文[*]にて報告されましたが,講演内容は,ほぼ この論文に沿ったものでした.
[*]Total Energy Expenditure Evaluated by Doubly Labeled Water Method in Japanese Patients with Diabetes Mellitus—Clinical EValuation of Energy Requirements in Patients with Diabetes Mellitus (CLEVER-DM) Study
http://diabetes.diabetesjournals.org/content/67/Supplement_1/775-P.abstract
[消費カロリーの正確な測定]
二重ラベル化水とは,水素を重水素(Deuterium),酸素をO18(普通の酸素はO16)とどちらも同位体である元素から作られた水で,Trace可能(注:放射性元素ではないので,おそらくGCMS=ガスクロマトグラフ質量分析計で).この二重ラベル化水を少量摂取してもらい,体外に排出される H2とO18の差を見れば,正確にCO2排出量,すなわち真の代謝エネルギーが測定できる,非常に正確な測定法である. 従来この方法がなかなか採用されてこなかったのは,二重ラベル化水が非常に高価(被験者1人あたり,10数万円)だったので,『推定』で済ませてきたのが実態.
[日常活動レベルと消費カロリー実測値との関係]
現代の日常生活において,エネルギー係数が 22kcal/kg というのは明らかに過少見積である. 今回の消費エネルギー実測値と,被験者の活動度計による運動量とを比較すると,30-40kcal/kgが妥当である.実際 海外含め多くの文献報告では,成長期の子供は高く 40kcal/kg以上,成人では健常人でも糖尿病患者でも30-40kcal/kgであって(痩せている人ほど高い),逆に 25kcal/kg未満という数字はほとんど報告例がみあたらない[図].
[図]
[過度なカロリー制限は肥満解消には逆効果]
高度肥満を解消させるために,極端に低いカロリー制限を行った場合と,緩やかなカロリー制限を行った場合とを比較したところ,減量達成効果は 緩やかなカロリー制限の方が達成率が良かったという報告が多い.過酷なカロリー制限は,逆効果である.
[食品交換表の 1単位=80kcalは現状に合っていない]
食品交換表は,初版以来ずっと 『1単位 = 80kcal』としているが,現代の食品ポーションサイズからかけ離れている. たしかに1960年代以前は,卵 M玉 1個は 50gで,約80kcalであった.しかし現在普通に売られている卵は,同じMサイズといっても,60g前後( JA規格では,M玉は 58-64g),100kcal前後であり,実態に合っていない.80kcalという『単位』に必然性はなく,むしろ100kcalにした方が計算もわかりやすくなるのではないか.
ありていに言えば,従来の食品交換表は,まるで根拠のない低カロリー設定を『推定』して患者に押し付けてきたわけですが(しかも,それが肥満解消および糖尿病には,反論を許さぬ絶対真だとして),ここまでデータを示されれば,なにしろエビデンスを重視する糖尿病学会なのですから,カロリー設定見直しに全会一致の賛成で...かと思ったら,それでも反対する人がいたのでしょうか.
(ここまでで 非常に長くなりましたので,以下の2題,および会場での質疑などは,私のブログにて引き継ぎます)
【FS5-3】フレイル予防を目指した食事療法 名古屋大学 葛谷雅文先生
【FS5-4】CKD における食事療法の課題 滋賀医大 荒木信一先生
https://shiranenozorba.com/
に掲載しております.
下記文章で[図]とあるものは,ブログに掲載しています.またグラフなどは,スライドの手書きスケッチなので,正確ではありません.
【1】糖尿病治療ガイド 2019年改訂版の発行は延期
多くの方が,今回の学会でガイドライン,特に食事療法のガイドラインが改訂されると予想していたのですが,まさにその食事療法について学会内部で意見がまとまらなかったことが発行延期の原因のようです. 『決められない政治』はここにもあります.
大体,初日 5/23の朝に学会会場(仙台 国際センター)に着いた時,嫌な予感がしました. なぜかといえば,医学書販売コーナーで,どの書店のブースにも 旧版の治療ガイド(2018-2019)が山積みされていたからです.
[図]
この学会で新ガイドラインが出るのなら,旧版はもう売れるはずのないものですから,『これでは 改訂版は出ないんじゃないのかも...』と思いましたが,悪い予感ほど的中するものです.
とはいえ,今年1月の日本病態栄養学会で『予告』されていた内容,つまり;
- 従来過少であった設定カロリーは見直す.
- 年齢・性別を問わず,BMI=22を一律に標準体重としていたのを見直す.
- 高齢者のフレイル・サルコペニア対策として,蛋白質摂取を奨励する.
この点については,確定していたようです.
とすると,消去法により,カロリー制限食の変更についての合意が得られなかった可能性があります.ただしこれはあくまでも私の推測です.
【Featured Symposium 5】ガイドラインからみた食事療法の課題と展望
今回唯一の食事療法に関するシンポジウムでした.学会最終日の午後という日程設定からみてもわかるように,本来ならここで新ガイドラインが詳しく紹介されるはずだったのでしょう. 各講演内容にはそれがうかがわれます. ただし新ガイドラインで合意できなかったのは残念ですが,その点を割り引いても このシンポジウムの内容は実に充実したものであり,仙台に来た甲斐はありました.
シンポジウムの座長が 慈恵医大の宇都宮一典先生は妥当としても,もう一方の座長が伊藤千賀子先生でした,食品交換表を聖典とあがめる方ですが,まだご健在なのですね.
事前に配布された抄録集では,このシンポジウムの内容は一切記載されていませんでした(冒頭の宇都宮座長の食品交換表のこれまでの歴史概観のみが掲載されているだけで,それ以外の講演は演者名とテーマのみ).新ガイドラインをここで発表という予定だったのだから当然です.以下,講演を聞きながら書き留めたメモです.
【FS5-1】 糖尿病の食事療法における課題 慈恵医大 宇都宮一典先生
ガイドラインの改訂は間に合わなかったが,現時点での改訂原案を紹介する.
[食事療法を糖尿病患者一律に規定するのはもはや不可能]
日本人の糖尿病は,インスリン分泌不全が特徴だったが,近年は欧米型の肥満-インスリン抵抗性の糖尿病も増えており,両者が混在している.また合併症も多種多様,最近ではいわゆる3大合併症以外にもガン・認知症との関連も指摘されている. このような状況では,糖尿病患者に一律に同じ食事療法を適用するのは不合理.
[個別化が必須]
日本社会の高齢化に伴い,高齢者の糖尿病が増えている. その一方で,小児からでも2型糖尿病発症も増加している. すなわち患者は子供から超高齢者まで多彩.これらに同じ食事療法は適用できない. 年齢・性別・病態を考慮して個別化された食事療法が必須である.
[いわゆる標準体重の見直し]
ひるがえれば,日本が戦後の混乱期の頃は食料事情・栄養事情がよくなかった.それが高度成長期にさしかかり食事内容も大きく変化した.食品交換表初版はまさにこの時期に出版され,そこでは当時の最適水準として 標準体重,後のBMI=22を規定した. ところが現在 世界各国の「健康上Bestな体重」は国ごとに異なる.しかも,総死亡率がもっとも低いBMIは,おおむね BMI=20~25をボトムとするU字カーブを描くものの,その最適値は,年齢・性別で異なる. また高齢化するほど,ボトムは右にシフトし,かつ幅が広がる傾向にある[図].これは日本のJDCSにて,糖尿病患者のデータを見てもその傾向はある. よって,同じ身長なら同じBMIであるべきという考えは適切ではない.
[図]
[従来の適正カロリーは過少すぎた]
本日のFS5-2の講演の通り,糖尿病患者であっても,消費カロリーは健常人と変わらない. また日常生活の軽労作・普通・重労作別のエネルギ係数も低く見積もりすぎていた.このことから,従来のカロリー制限食で設定していたカロリー設定は過少であり,これを見直す.また高度肥満者(BMI>=30)であっても,BMI=22とエネルギー係数25-30をめざして 1600kcalなどとしていた設定は,結局遵守不可能であり,過酷すぎたのであらためる.具体的には一気に適正体重をめざすのではなく,現実的な目標体重をめざす設定とする.
[高齢者のサルコペニア防止にむけて]
高齢者の総死亡率は,若年者・中年者では肥満とされるBMI=25以上で実はもっとも低いというデータに鑑みて,BMI=25を標準とする. また中年では BMI=22-25と幅をもたせる.若年のBMI=22はこれまで通り.
[改訂案の具体例]
身長170cm,体重90kg(BMI=31)の肥満者は,従来 65kgをめざすべしとして,1600-1900kcalの食事だったが,これをまず現実的な体重減少をめざして 2200kcalくらいを認める.同じく 身長170cm,体重50kg(BMI=17)極端な痩せ型の高齢者の場合は,サルコペニアが懸念されるので,摂取カロリー 2200-2500kcalくらいを推奨する.
【FS5-2】 エネルギー必要量の考え方 慶應大学 勝川史憲先生
勝川先生は,健常人と糖尿病患者(インスリン治療者,経口糖尿病薬服用者,食事/運動療法のみ,とすべての糖尿病患者を含む)とでは,エネルギー消費量に差がないことを,二重ラベル化水(Doubly Labeled Water)を用いて厳密に証明したCLEVER-DM Studyのメンバーでもあります. この研究成果はDiabetes に掲載された論文[*]にて報告されましたが,講演内容は,ほぼ この論文に沿ったものでした.
[*]Total Energy Expenditure Evaluated by Doubly Labeled Water Method in Japanese Patients with Diabetes Mellitus—Clinical EValuation of Energy Requirements in Patients with Diabetes Mellitus (CLEVER-DM) Study
http://diabetes.diabetesjournals.org/content/67/Supplement_1/775-P.abstract
[消費カロリーの正確な測定]
二重ラベル化水とは,水素を重水素(Deuterium),酸素をO18(普通の酸素はO16)とどちらも同位体である元素から作られた水で,Trace可能(注:放射性元素ではないので,おそらくGCMS=ガスクロマトグラフ質量分析計で).この二重ラベル化水を少量摂取してもらい,体外に排出される H2とO18の差を見れば,正確にCO2排出量,すなわち真の代謝エネルギーが測定できる,非常に正確な測定法である. 従来この方法がなかなか採用されてこなかったのは,二重ラベル化水が非常に高価(被験者1人あたり,10数万円)だったので,『推定』で済ませてきたのが実態.
[日常活動レベルと消費カロリー実測値との関係]
現代の日常生活において,エネルギー係数が 22kcal/kg というのは明らかに過少見積である. 今回の消費エネルギー実測値と,被験者の活動度計による運動量とを比較すると,30-40kcal/kgが妥当である.実際 海外含め多くの文献報告では,成長期の子供は高く 40kcal/kg以上,成人では健常人でも糖尿病患者でも30-40kcal/kgであって(痩せている人ほど高い),逆に 25kcal/kg未満という数字はほとんど報告例がみあたらない[図].
[図]
[過度なカロリー制限は肥満解消には逆効果]
高度肥満を解消させるために,極端に低いカロリー制限を行った場合と,緩やかなカロリー制限を行った場合とを比較したところ,減量達成効果は 緩やかなカロリー制限の方が達成率が良かったという報告が多い.過酷なカロリー制限は,逆効果である.
[食品交換表の 1単位=80kcalは現状に合っていない]
食品交換表は,初版以来ずっと 『1単位 = 80kcal』としているが,現代の食品ポーションサイズからかけ離れている. たしかに1960年代以前は,卵 M玉 1個は 50gで,約80kcalであった.しかし現在普通に売られている卵は,同じMサイズといっても,60g前後( JA規格では,M玉は 58-64g),100kcal前後であり,実態に合っていない.80kcalという『単位』に必然性はなく,むしろ100kcalにした方が計算もわかりやすくなるのではないか.
ありていに言えば,従来の食品交換表は,まるで根拠のない低カロリー設定を『推定』して患者に押し付けてきたわけですが(しかも,それが肥満解消および糖尿病には,反論を許さぬ絶対真だとして),ここまでデータを示されれば,なにしろエビデンスを重視する糖尿病学会なのですから,カロリー設定見直しに全会一致の賛成で...かと思ったら,それでも反対する人がいたのでしょうか.
(ここまでで 非常に長くなりましたので,以下の2題,および会場での質疑などは,私のブログにて引き継ぎます)
【FS5-3】フレイル予防を目指した食事療法 名古屋大学 葛谷雅文先生
【FS5-4】CKD における食事療法の課題 滋賀医大 荒木信一先生
[以下の文章で[写真]や[図]などは画像なのでコメント欄にはあげられません.私のブログ記事でご覧ください]
https://shiranenozorba.com/
1月24~26日に京都国際会館で開催された「第23回日本病態栄養学会 年次学術集会」に野次馬参加してきました.
[写真]
個別の口演やポスター発表の内容は追ってブログ記事にしますが,本日は速報として今学会の目玉である 『6学会合同パネルディスカッション』の概要です.
[図]合同合同パネルディスカッション プログラム
[1] 日本糖尿病学会の提言
まず日本糖尿病学会の食品交換表編集委員会を代表して,窪田直人先生(東大 病態栄養治療部部長)が 昨年9月に発表した『糖尿病診療ガイドラン 2019』の概要,特に同ガイドラインの「第3章 食事療法」に記載した,糖尿病患者の総摂取エネルギー量について紹介されました.
その内容はこの記事に記載した,昨年の第62回日本糖尿病学会年次学術集会での『Featured Symposium 5-2 糖尿病の食事療法における課題』にて,慈恵医大 宇都宮一典先生が講演された内容とほぼ同じでした.
https://shiranenozorba.com/2019_05_26_jds62-diet-guideline/
なお,座長の門脇先生(糖尿病学会理事長)は,『糖尿病診療ガイドラン 2019』の「第3章 食事療法」で,総エネルギー(カロリー)摂取量のステートメント(Q3-3)には,一切数字は入っていないことを強調していました.たしかにBMIや活動度係数などの数字がステートメントの解説文中に登場するが,それはあくまでも目安にすぎない,基本原則は「患者個別ごとに設定する」のだと.
日本糖尿病学会からのこの提言を受けて,以下 関係5学会・団体が意見を述べました
[2] 日本腎臓学会
日本腎臓学会からは,鈴木芳樹 同学会評議員(新潟大学教授)が,CKD・糖尿病性腎症の食事療法基準を解説.私にとって耳新しかったのは,日本の腎症患者は圧倒的多数が 第3期aであって,そもそも特段の厳しい低蛋白制限をする必要はないということでした.
[3] 日本肥満学会
日本肥満学会からは,石垣泰 同学会評議員(岩手医科大教授)が,肥満治療の観点から総カロリー設定の現状を説明. もともとが高度肥満患者が治療対象なので「BMI=22を一律に設定するよりは,BMI=25まで目標範囲に含めるほうがよほど現実的だ」との考え.
[4] 日本骨代謝学会
日本骨代謝学会からは,塚原典子先生(帝京平成大学教授)が,骨粗鬆症の予防・治療に必要な栄養バランスを解説.
[5] 日本肝臓学会
日本肝臓学会からは,白木亮 評議員(岐阜大学講師),窒素平衡をマイナスにせず,平衡状態を保つことが重要,重症の治療には可能な限りプラスにもっていく,それには十分な蛋白質摂取が必要と説明.
[6]日本栄養士会
最後に日本栄養士会からは,原純也 理事(武蔵野赤十字病院栄養課 栄養課長)が,全国の栄養ケア・ステーションなどの活動状況を解説.
【パネルディスカッション】
各学会の意見表明の後は,座長(清野裕 日本病態栄養学会理事長/門脇孝 日本糖尿病学会理事長)を交えて,全登壇者によるパネルディスカッションに移りました.
ディスカッションの冒頭,清野先生がいつものスタイルで,各パネラーにズバリと切り込んでいました.
- 糖尿病診療ガイドライン2019では,『BMI=22を一律設定にはせず,年齢層により 22-25を目標にする』
- 活動度係数は実測データを受けて,30-35とする
この2点について,賛否を明らかにしてほしいと求めました.
これに対して,ほぼどの学会も賛意を表明したのですが,肝臓学会は「あくまでも肝症状をみて,それに最適の栄養療法があるのだから,一概には固定できない.」という立場でした.また 骨学会は,「カロリーだけを取り上げるのではなく,健康的な骨代謝には ミネラル・ビタミンまで含めた全体の栄養バランスが必要」と回答していました.
各パネラーの中では,栄養士会のスタンスがユニークでした. なぜなら 栄養士・管理栄養士は,患者との最前線にいるわけですから,ガイドライン(これがまた非常に多数ある)で各学会から「理想」を示されても,それを日々の院内食・病院給食の具体的な献立に落とし込まねばなりません.しかもコストと人手との兼ね合いもあるので,ガイドラインと患者の間で板挟みです. 「食事療法の個別化」という原則は結構としても,まさか一人一人まったく違う献立にすることは不可能でしょう. したがって,「今後どうするのか」と問われても「努力します」としか言えなかったのは当然でした.
なお,会場からは
今回のカロリー設定見直しで,従来糖尿病食としてしたものが結果的に通常食とほとんど同じものになってしまうケースが出てきたら,療養食加算が請求できなくなるのではないか
などという切実な質問も出て,なるほど カロリー設定を変更しただけで実にいろいろなところに波及するのだなとわかりました.
https://shiranenozorba.com/
1月24~26日に京都国際会館で開催された「第23回日本病態栄養学会 年次学術集会」に野次馬参加してきました.
[写真]
個別の口演やポスター発表の内容は追ってブログ記事にしますが,本日は速報として今学会の目玉である 『6学会合同パネルディスカッション』の概要です.
[図]合同合同パネルディスカッション プログラム
[1] 日本糖尿病学会の提言
まず日本糖尿病学会の食品交換表編集委員会を代表して,窪田直人先生(東大 病態栄養治療部部長)が 昨年9月に発表した『糖尿病診療ガイドラン 2019』の概要,特に同ガイドラインの「第3章 食事療法」に記載した,糖尿病患者の総摂取エネルギー量について紹介されました.
その内容はこの記事に記載した,昨年の第62回日本糖尿病学会年次学術集会での『Featured Symposium 5-2 糖尿病の食事療法における課題』にて,慈恵医大 宇都宮一典先生が講演された内容とほぼ同じでした.
https://shiranenozorba.com/2019_05_26_jds62-diet-guideline/
なお,座長の門脇先生(糖尿病学会理事長)は,『糖尿病診療ガイドラン 2019』の「第3章 食事療法」で,総エネルギー(カロリー)摂取量のステートメント(Q3-3)には,一切数字は入っていないことを強調していました.たしかにBMIや活動度係数などの数字がステートメントの解説文中に登場するが,それはあくまでも目安にすぎない,基本原則は「患者個別ごとに設定する」のだと.
日本糖尿病学会からのこの提言を受けて,以下 関係5学会・団体が意見を述べました
[2] 日本腎臓学会
日本腎臓学会からは,鈴木芳樹 同学会評議員(新潟大学教授)が,CKD・糖尿病性腎症の食事療法基準を解説.私にとって耳新しかったのは,日本の腎症患者は圧倒的多数が 第3期aであって,そもそも特段の厳しい低蛋白制限をする必要はないということでした.
[3] 日本肥満学会
日本肥満学会からは,石垣泰 同学会評議員(岩手医科大教授)が,肥満治療の観点から総カロリー設定の現状を説明. もともとが高度肥満患者が治療対象なので「BMI=22を一律に設定するよりは,BMI=25まで目標範囲に含めるほうがよほど現実的だ」との考え.
[4] 日本骨代謝学会
日本骨代謝学会からは,塚原典子先生(帝京平成大学教授)が,骨粗鬆症の予防・治療に必要な栄養バランスを解説.
[5] 日本肝臓学会
日本肝臓学会からは,白木亮 評議員(岐阜大学講師),窒素平衡をマイナスにせず,平衡状態を保つことが重要,重症の治療には可能な限りプラスにもっていく,それには十分な蛋白質摂取が必要と説明.
[6]日本栄養士会
最後に日本栄養士会からは,原純也 理事(武蔵野赤十字病院栄養課 栄養課長)が,全国の栄養ケア・ステーションなどの活動状況を解説.
【パネルディスカッション】
各学会の意見表明の後は,座長(清野裕 日本病態栄養学会理事長/門脇孝 日本糖尿病学会理事長)を交えて,全登壇者によるパネルディスカッションに移りました.
ディスカッションの冒頭,清野先生がいつものスタイルで,各パネラーにズバリと切り込んでいました.
- 糖尿病診療ガイドライン2019では,『BMI=22を一律設定にはせず,年齢層により 22-25を目標にする』
- 活動度係数は実測データを受けて,30-35とする
この2点について,賛否を明らかにしてほしいと求めました.
これに対して,ほぼどの学会も賛意を表明したのですが,肝臓学会は「あくまでも肝症状をみて,それに最適の栄養療法があるのだから,一概には固定できない.」という立場でした.また 骨学会は,「カロリーだけを取り上げるのではなく,健康的な骨代謝には ミネラル・ビタミンまで含めた全体の栄養バランスが必要」と回答していました.
各パネラーの中では,栄養士会のスタンスがユニークでした. なぜなら 栄養士・管理栄養士は,患者との最前線にいるわけですから,ガイドライン(これがまた非常に多数ある)で各学会から「理想」を示されても,それを日々の院内食・病院給食の具体的な献立に落とし込まねばなりません.しかもコストと人手との兼ね合いもあるので,ガイドラインと患者の間で板挟みです. 「食事療法の個別化」という原則は結構としても,まさか一人一人まったく違う献立にすることは不可能でしょう. したがって,「今後どうするのか」と問われても「努力します」としか言えなかったのは当然でした.
なお,会場からは
今回のカロリー設定見直しで,従来糖尿病食としてしたものが結果的に通常食とほとんど同じものになってしまうケースが出てきたら,療養食加算が請求できなくなるのではないか
などという切実な質問も出て,なるほど カロリー設定を変更しただけで実にいろいろなところに波及するのだなとわかりました.
2020/01/27(Mon) 19:09 | URL | ドクター江部 | 【編集】
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