2017年09月05日 (火)
こんばんは。
今日も、イヌイットのお話しです。
<イヌイットには、心筋梗塞が少なかった!>
イヌイットが伝統的な食生活をしているころは、
心筋梗塞(こうそく)が極めて少なかったというのは割と有名な話で、
マスコミの報道でも時々取り上げられています。
今回は、その元になった研究の紹介です。
1950年から74年までのデンマーク領グリーンランドのウパナビック病院の記録をまとめて、
デンマーク・オーデンセ大学(現南デンマーク大学)臨床遺伝学研究所の研究者クロマンらが80年に報告しました。(*)
グリーンランド・イヌイットの疾患別死亡数を、デンマーク白人の同一疾患の予測死亡数と比較したものです。
それによると、グリーンランドのイヌイットにおいては、
▽心筋梗塞
▽糖尿病
▽血液中の甲状腺ホルモンが増えて起きる甲状腺中毒症
▽気管支喘息(ぜんそく)
▽自己免疫疾患の多発性硬化症
▽皮膚疾患の尋常性乾癬(かんせん)
−−は極めて少数でした。
一方、脳出血とてんかんは、デンマークの白人より少し多いです。
この論文ではデンマークの白人とグリーンランドのイヌイットでは、
がんの種類は異なるが、合計の発症率は変わらない、という報告になっています。
イヌイットは、生肉と生魚が主食で、穀物はなく、
植物は海藻やベリー類などが少量という糖質制限食を4000年以上続けてきた民族です。
カナダのイヌイットは20年代ごろから、バノクという小麦の無発酵パンを食べる習慣が広がりましたが、
グリーンランドのイヌイットは、調査期間のころはまだパンなどはなく、
牛肉、豚肉もとっていなかったとみられています(熊谷朗著「EPAの医学」、16ページ)。
当時のグリーンランドのイヌイットの主食は、
アザラシ、トドなど海生動物の肉及び魚で、食事における脂質摂取比率は35〜40%でした。
同時期、同じくらいの高脂肪食を食べていたデンマークの白人においては、
心筋梗塞や脳梗塞が多発していたので、その差が注目されました。
50年から74年までの全期間を通して、イヌイットの心筋梗塞は対象者約1800人中わずか3人で、
イヌイットと同じ年齢構成を当てはめて割り出したデンマークの白人の心筋梗塞死亡者予想値40人に比べて
極めて低かったのです。
<謎を解く鍵は食生活>
ダイアベルグらは、グリーンランドのイヌイットの血液中には、
デンマーク本土で生活する人に比べてはるかに多くのEPAが含まれていて、
それがイヌイットに心筋梗塞や脳梗塞が少ない理由であるとの結論を出しました。(**)
イヌイットが主に食べていた極寒地にすむ動物や魚(アザラシ、トド、北極イワナ、シロイルカなど)の脂肪には、
EPAがたくさん含まれています。
これはこれで重要な発見であり、EPAはのちに動脈硬化抑制や高脂血症などの薬(エパデールなど)となり、
保険薬として日本でも販売されています。
<イヌイットと糖質制限食>
しかしながら私は本質的には、EPA高値は心筋梗塞や脳梗塞が少なかったことの要因の、
一部に過ぎないと思っています。
なぜなら、EPAがそれほど有効なら、エパデールを内服させたら、米国でも日本でも、
心筋梗塞が半減するはずですが、現実はそうはいきません。
本質は、当時のイヌイットはスーパー糖質制限食を実践していたということにあると思います。
グリーンランドで伝統的食生活を保っていたころのイヌイットの3大栄養素摂取比率は、
約377gのタンパク質(1508kcal、47.1%)、
約59gの炭水化物(236kcal、7.4%)、
約162gの脂質(1458kcal、45.5%)
で合計3202kcalであり、まさにスーパー糖質制限食でした。
「食後高血糖」と「血糖変動幅増大」は、大きな酸化ストレスリスクです。
イヌイットが伝統的な食生活を実践していたころは、糖質の摂取量が極めて少なく、
血流、代謝がスムーズで、食後高血糖と血糖変動増大がほとんどなかったと考えられます。
よって、動脈硬化を進める主犯格とされている酸化ストレスがほとんど生じなかったことの方が、
心筋梗塞予防に、大変大きかったのではないでしょうか。
<エピローグ>
まことに残念ながら、
1993年、カナダ・マギル大学の先住民栄養環境研究センターの調査によれば、
イヌイットの若者は、ハンバーガー、ピザ、ポテトチップス、コーラ、ガム、チョコレートを好み、
摂取カロリーの大半が、これら糖質を大量に含むジャンクフ−ドでした。
このような食生活の変化により、疾病構造も急速に変化していきました。
かつて、極めて少なかった心筋梗塞(こうそく)や糖尿病が、
米国やカナダの他民族を上回るほど増えてしまったのです。
(*)
Acta Med Scand. 1980;208(5):401-6.
Epidemiological studies in the Upernavik district, Greenland. Incidence of some chronic diseases 1950-1974.
Kromann N, Green A.
(**)
Scand J Clin Lab Invest Suppl. 1982;161:7-13.
A hypothesis on the development of acute myocardial infarction in Greenlanders.
Dyerberg J, Bang HO.
江部康二
今日も、イヌイットのお話しです。
<イヌイットには、心筋梗塞が少なかった!>
イヌイットが伝統的な食生活をしているころは、
心筋梗塞(こうそく)が極めて少なかったというのは割と有名な話で、
マスコミの報道でも時々取り上げられています。
今回は、その元になった研究の紹介です。
1950年から74年までのデンマーク領グリーンランドのウパナビック病院の記録をまとめて、
デンマーク・オーデンセ大学(現南デンマーク大学)臨床遺伝学研究所の研究者クロマンらが80年に報告しました。(*)
グリーンランド・イヌイットの疾患別死亡数を、デンマーク白人の同一疾患の予測死亡数と比較したものです。
それによると、グリーンランドのイヌイットにおいては、
▽心筋梗塞
▽糖尿病
▽血液中の甲状腺ホルモンが増えて起きる甲状腺中毒症
▽気管支喘息(ぜんそく)
▽自己免疫疾患の多発性硬化症
▽皮膚疾患の尋常性乾癬(かんせん)
−−は極めて少数でした。
一方、脳出血とてんかんは、デンマークの白人より少し多いです。
この論文ではデンマークの白人とグリーンランドのイヌイットでは、
がんの種類は異なるが、合計の発症率は変わらない、という報告になっています。
イヌイットは、生肉と生魚が主食で、穀物はなく、
植物は海藻やベリー類などが少量という糖質制限食を4000年以上続けてきた民族です。
カナダのイヌイットは20年代ごろから、バノクという小麦の無発酵パンを食べる習慣が広がりましたが、
グリーンランドのイヌイットは、調査期間のころはまだパンなどはなく、
牛肉、豚肉もとっていなかったとみられています(熊谷朗著「EPAの医学」、16ページ)。
当時のグリーンランドのイヌイットの主食は、
アザラシ、トドなど海生動物の肉及び魚で、食事における脂質摂取比率は35〜40%でした。
同時期、同じくらいの高脂肪食を食べていたデンマークの白人においては、
心筋梗塞や脳梗塞が多発していたので、その差が注目されました。
50年から74年までの全期間を通して、イヌイットの心筋梗塞は対象者約1800人中わずか3人で、
イヌイットと同じ年齢構成を当てはめて割り出したデンマークの白人の心筋梗塞死亡者予想値40人に比べて
極めて低かったのです。
<謎を解く鍵は食生活>
ダイアベルグらは、グリーンランドのイヌイットの血液中には、
デンマーク本土で生活する人に比べてはるかに多くのEPAが含まれていて、
それがイヌイットに心筋梗塞や脳梗塞が少ない理由であるとの結論を出しました。(**)
イヌイットが主に食べていた極寒地にすむ動物や魚(アザラシ、トド、北極イワナ、シロイルカなど)の脂肪には、
EPAがたくさん含まれています。
これはこれで重要な発見であり、EPAはのちに動脈硬化抑制や高脂血症などの薬(エパデールなど)となり、
保険薬として日本でも販売されています。
<イヌイットと糖質制限食>
しかしながら私は本質的には、EPA高値は心筋梗塞や脳梗塞が少なかったことの要因の、
一部に過ぎないと思っています。
なぜなら、EPAがそれほど有効なら、エパデールを内服させたら、米国でも日本でも、
心筋梗塞が半減するはずですが、現実はそうはいきません。
本質は、当時のイヌイットはスーパー糖質制限食を実践していたということにあると思います。
グリーンランドで伝統的食生活を保っていたころのイヌイットの3大栄養素摂取比率は、
約377gのタンパク質(1508kcal、47.1%)、
約59gの炭水化物(236kcal、7.4%)、
約162gの脂質(1458kcal、45.5%)
で合計3202kcalであり、まさにスーパー糖質制限食でした。
「食後高血糖」と「血糖変動幅増大」は、大きな酸化ストレスリスクです。
イヌイットが伝統的な食生活を実践していたころは、糖質の摂取量が極めて少なく、
血流、代謝がスムーズで、食後高血糖と血糖変動増大がほとんどなかったと考えられます。
よって、動脈硬化を進める主犯格とされている酸化ストレスがほとんど生じなかったことの方が、
心筋梗塞予防に、大変大きかったのではないでしょうか。
<エピローグ>
まことに残念ながら、
1993年、カナダ・マギル大学の先住民栄養環境研究センターの調査によれば、
イヌイットの若者は、ハンバーガー、ピザ、ポテトチップス、コーラ、ガム、チョコレートを好み、
摂取カロリーの大半が、これら糖質を大量に含むジャンクフ−ドでした。
このような食生活の変化により、疾病構造も急速に変化していきました。
かつて、極めて少なかった心筋梗塞(こうそく)や糖尿病が、
米国やカナダの他民族を上回るほど増えてしまったのです。
(*)
Acta Med Scand. 1980;208(5):401-6.
Epidemiological studies in the Upernavik district, Greenland. Incidence of some chronic diseases 1950-1974.
Kromann N, Green A.
(**)
Scand J Clin Lab Invest Suppl. 1982;161:7-13.
A hypothesis on the development of acute myocardial infarction in Greenlanders.
Dyerberg J, Bang HO.
江部康二
江部先生、こんばんわ。
先週、くら寿司が糖質制限のお寿司を発表したのは、
インパクトありますね。NHKもニュースで取り上げてくれてますね。
すしだけじゃない! 広がる低糖質
http://www3.nhk.or.jp/news/business_tokushu/2017_0904.html
先週、くら寿司が糖質制限のお寿司を発表したのは、
インパクトありますね。NHKもニュースで取り上げてくれてますね。
すしだけじゃない! 広がる低糖質
http://www3.nhk.or.jp/news/business_tokushu/2017_0904.html
2017/09/05(Tue) 19:37 | URL | 久掘 | 【編集】
久掘 さん
情報をありがとうございます。
NHKもやりますね。
情報をありがとうございます。
NHKもやりますね。
2017/09/05(Tue) 21:52 | URL | ドクター江部 | 【編集】
イヌイットの遺伝子変異の事はご存じですか?
糖質制限食ではなく、身体が長い年月をかけ高脂肪食に適用出来る様に進化したと考える方が妥当だと思います。
生活環境も培ってきた食文化も違う民族と一緒だと考えるべきではない思います。その辺はどうお考えですか?
糖質制限食ではなく、身体が長い年月をかけ高脂肪食に適用出来る様に進化したと考える方が妥当だと思います。
生活環境も培ってきた食文化も違う民族と一緒だと考えるべきではない思います。その辺はどうお考えですか?
カメタスさん
『イヌイットの人達の脂肪の多い食生活が、心臓病の予防になっていたのでなく、
イヌイットの人達の遺伝子変異により、血中の脂肪酸を健康な人のレベルまで下がるようになったという説』ですね。
一つの仮説としては、興味深いです。
一方、人類は、700万年間の狩猟・採集生活をへて、約1万年前から穀物食を開始したということは
仮説ではなく、歴史的事実です。
即ち人類において、
「穀物なしの糖質制限な700万年」 VS 「穀物ありの1万年」
という構造が、厳然としてあると私は思います。
『イヌイットの人達の脂肪の多い食生活が、心臓病の予防になっていたのでなく、
イヌイットの人達の遺伝子変異により、血中の脂肪酸を健康な人のレベルまで下がるようになったという説』ですね。
一つの仮説としては、興味深いです。
一方、人類は、700万年間の狩猟・採集生活をへて、約1万年前から穀物食を開始したということは
仮説ではなく、歴史的事実です。
即ち人類において、
「穀物なしの糖質制限な700万年」 VS 「穀物ありの1万年」
という構造が、厳然としてあると私は思います。
2017/09/14(Thu) 17:21 | URL | ドクター江部 | 【編集】
ご多忙の中、ご返答ありがとうございます。
確かに現人類の祖先では無いかと言われているヒト亜属は狩猟と採取で生計成していたと考えられています。
しかし、歯の化石から肉だけでは無く、果実、野菜、植物の根など好んで食していたと推測されてます。
推測の域なので明確では無いかと思われますが、江部先生の御提唱されるスーパー糖質制限食では無いと考えられます。
また、今日まで人類が人工を増やし文明を築いた要因として耕作による穀物の安定供給があるのは間違いなと考えられます。
また、人体が糖質不足に対する糖新生などの何重ものセーフティーネットに対してはどうお考えですか?
確かに現人類の祖先では無いかと言われているヒト亜属は狩猟と採取で生計成していたと考えられています。
しかし、歯の化石から肉だけでは無く、果実、野菜、植物の根など好んで食していたと推測されてます。
推測の域なので明確では無いかと思われますが、江部先生の御提唱されるスーパー糖質制限食では無いと考えられます。
また、今日まで人類が人工を増やし文明を築いた要因として耕作による穀物の安定供給があるのは間違いなと考えられます。
また、人体が糖質不足に対する糖新生などの何重ものセーフティーネットに対してはどうお考えですか?
2017/09/14(Thu) 23:10 | URL | カメタス | 【編集】
カメタス さん
農耕開始前700万年間の各種の人類が、主として何を食べていたかは、勿論良くわかりません。
唯一確かなのは、穀物は食べていなかったということです。
ネアンデルタール人は肉食というのが定説でしたが、最近は異論もあるようです。
我々ホモ・サピエンスは雑食であったというのが定説ですね。
地域によって、ホモ・サピエンスの主食も違っていたと思います。
私達日本人のご先祖の「旧石器時代人」は、マンモス、ナウマンゾウ、ヘラシカなどの大型動物が主食とされています。
旧石器時代人の化石には、虫歯がありません。
縄文人になって8%、弥生人になって16%の虫歯率です。
農耕により、エネルギー源の安定供給が確保され、文明が発達したのはその通りと思います。
まあ、文明の発達が地球には優しくなかったという側面は無視できませんが・・・。
血糖値確保のための糖新生などの何重ものセーフティーネットは赤血球のためと思います。
純粋理論的には、脳はケトン体だけで生存可能です。
唯一赤血球だけは、ミトコンドリアを持っていないので、ブドウ糖しかエネルギー源にできません。
人体は赤血球のために血糖値を一生懸命確保しているのだと思います。
農耕開始前700万年間の各種の人類が、主として何を食べていたかは、勿論良くわかりません。
唯一確かなのは、穀物は食べていなかったということです。
ネアンデルタール人は肉食というのが定説でしたが、最近は異論もあるようです。
我々ホモ・サピエンスは雑食であったというのが定説ですね。
地域によって、ホモ・サピエンスの主食も違っていたと思います。
私達日本人のご先祖の「旧石器時代人」は、マンモス、ナウマンゾウ、ヘラシカなどの大型動物が主食とされています。
旧石器時代人の化石には、虫歯がありません。
縄文人になって8%、弥生人になって16%の虫歯率です。
農耕により、エネルギー源の安定供給が確保され、文明が発達したのはその通りと思います。
まあ、文明の発達が地球には優しくなかったという側面は無視できませんが・・・。
血糖値確保のための糖新生などの何重ものセーフティーネットは赤血球のためと思います。
純粋理論的には、脳はケトン体だけで生存可能です。
唯一赤血球だけは、ミトコンドリアを持っていないので、ブドウ糖しかエネルギー源にできません。
人体は赤血球のために血糖値を一生懸命確保しているのだと思います。
2017/09/15(Fri) 19:41 | URL | ドクター江部 | 【編集】
ご返答ありがとうございます。
江部先生が提唱される糖質制限食は旧石器時代の食事を参考されているのですね。
現代でもジビエ料理は高タンパク低脂肪なものが多いですけど、畜養された牛や豚ではなかなかそうはいきませんね。
では、食事だけではなく狩りのために生じる運動量なども旧石器時代を参考にすればより糖尿病を改善できるのでは無いかと思いますけど、その辺りのお考えはどうですか?
江部先生が提唱される糖質制限食は旧石器時代の食事を参考されているのですね。
現代でもジビエ料理は高タンパク低脂肪なものが多いですけど、畜養された牛や豚ではなかなかそうはいきませんね。
では、食事だけではなく狩りのために生じる運動量なども旧石器時代を参考にすればより糖尿病を改善できるのでは無いかと思いますけど、その辺りのお考えはどうですか?
2017/09/15(Fri) 23:23 | URL | カメタス | 【編集】
カメタス さん
確かに、虫歯ゼロで、歯が全部残っているのは、旧石器時代人っぽいですね。
まあ、ナッツもよく食べているので、
旧石器時代と縄文時代を、あるていど参考にして、現代風にかなりアレンジしていることとなります。
運動も、仰る通り、必要と思います。
こちらも、現代風にアレンジということで、
男性が8000歩/日、その内20分速歩、
女性が7000歩/日、その内15分速歩、
といった目標が現実的と考えています。
確かに、虫歯ゼロで、歯が全部残っているのは、旧石器時代人っぽいですね。
まあ、ナッツもよく食べているので、
旧石器時代と縄文時代を、あるていど参考にして、現代風にかなりアレンジしていることとなります。
運動も、仰る通り、必要と思います。
こちらも、現代風にアレンジということで、
男性が8000歩/日、その内20分速歩、
女性が7000歩/日、その内15分速歩、
といった目標が現実的と考えています。
2017/09/16(Sat) 09:31 | URL | ドクター江部 | 【編集】
ご多忙の中、不躾な質問にお答えくださいありがとうございました。
また、機会がありましたら色々と質問させて頂きたいと思います。
また、機会がありましたら色々と質問させて頂きたいと思います。
2017/09/16(Sat) 13:32 | URL | カメタス | 【編集】
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