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夏目漱石と糖尿病、そして当時の厳重食(スーパー糖質制限食)
こんばんは。

精神科医師Aさんから、夏目漱石と糖尿病と厳重食(☆)について、コメントをいただきました。
ありがとうございます。

文豪夏目漱石は、糖尿病だったのですね。

昭和13年、18年の女子栄養大学の「厳重食」の解説をみると、まさに、「厳重食=スーパー糖質制限食」です。

<夏目漱石の病状の経過>
大正5年(1916)正月、右の上膊(上腕)神経に強い痛みと右上膊(上腕)の不全麻痺。
薬、マッサージは無効。
4月、糖尿病と診断。
教え子の医師真鍋嘉一郎により、5月から、当時の最先端治療の厳重食を開始。
尿糖は消失。
7月終わりには、右の上膊神経に強い痛みと右上膊の不全麻痺が改善。
神経衰弱の症状も減退。
糖尿病も改善。
11月、胃潰瘍が再発。
12月9日、胃潰瘍による出血で死亡。

厳重食で、糖尿病と糖尿病神経障害は著明改善ですが、残念ながら胃潰瘍のために死去しています。

神経衰弱ですが、夏目漱石が、精神病であったのは有名です。(☆☆)

病名が、なんであったか明確ではないのですが、躁(そう)状態とうつ状態を繰り返しており、双極性障害(そうきょくせいしょうがい)であった可能性が高いと思います。

夫人著の『漱石の思い出』には、神経衰弱も改善とのことですので、スーパー糖質制限食が、有効であった可能性があります。

皆が皆というわけにもいきませんが、スーパー糖質制限食で心理的不安定が改善することはよくあります。

血糖値の変動幅がほとんどなくなること、血中ケトン体が現行の基準値より高値になることなどが心理的安定に繋がるのだと思います。


江部康二


(☆)
糖尿病患者の厳重食
香川綾 昭和13年(1938年)
女子栄養大学「栄養と料理」 第4巻第4号 p46 糖尿病の手当と食餌療法
香川昇三  昭和18年(1943年)
 女子栄養大学「栄養と料理」 第9巻第5号 p27 糖尿病患者の厳重食

上記によれば当時の厳重食は、
肉類(牛、豚、鶏、魚肉、内臓、心臓、肝臓、舌、膈、腎臓、骨髄)
貝類 膈
卵類(鶏卵、鳥卵、魚卵)
脂肪類(バター類、豚脂、ヘッド、肝油、オリーブ油、ごま油、)
豆類(豆腐、油揚げなど)
 *味噌は少量
野菜(含水炭素5%以下)
 ・・・小松菜、京菜、白菜、筍、レタス、蕗、大根、アスパラ・・・
果実(含水炭素の少ないもの):びわ、すもも、苺、いちじく、メロン、パイナップル、パパイヤ、りんご、蜜柑、夏みかん
 *梨、ブドウ、柿、バナナはやや糖質が多いので警戒を要する。


(☆☆)
昭和12年6月 診断と治療。第24巻。第6号
 夏目漱石の精神病に就いて  太田清之氏のコラム
 ・・・前略、中川学士の研究に依れば漱石には明瞭な精神異常の発作が三回あり、疑問な発作が一回ある、と言う。その発作は約十年の間隔を置いて二十歳、三十歳、四十歳及び五十歳を中心として起り精神異常はその前とその後二、三年に亘って居る。第一回の発作は少し疑問であるが、十八歳頃より二十歳頃まで抑鬱があって、その際一度学校を落第して居ると言う。それに続いて二十歳より二、三年間躁状態が続き、その間漱石は漢詩を作り、友人と交わり、又旅行をして居る。第二回目は二十七、八歳頃より三十歳頃までの抑鬱の層と直ちに之に連絡する三十二、三歳頃迄の躁様の層とより成る。この躁時代に漱石は俳句や漢詩を発表して居る。第三回目の発作は漱石の洋行中に起った抑鬱であって、二、三年続き、帰朝後はそのまま躁状態に移行して居る。その際漱石は猫や草枕等を発表した。第四回目の発作は四十七、八歳頃より五十歳までの抑鬱と、それに引き続き死に至る迄の躁の時期である。その躁状態の際に漱石は道草や明暗を書いて居る。漱石の有名な大吐血の如きは精神異常の比較的少ない時期に起ったものであった。
 ・・・中略、



【14/01/01 精神科医師A
夏目漱石と糖尿病(1)
大正5年(1916)正月、片方の手が痛いと言いだした漱石は、当初はリウマチだと思って湯河原へ療養に行っていた。4月になり旧制松山中学時代の教え子で、東大医学部を卒業した真鍋嘉一郎の診察を受け、尿検査の結果糖尿病と診断された。それから、当時の最先端治療の、厳重食による治療を開始した。2日間蛋白性の物ばかりを食べて、尿糖は一旦消失した、と『漱石日記』にある。

 また、夫人が書いた『漱石の思い出』には治療を受け、
神経・精神症状が改善したの記載がある
『それと同時に右の上膊(じょうはく)神経に強い神経痛と右上膊の不全麻痺があった。それに対していろいろな薬を与えてみ、また『マッサージ』などもやってみましてもさらに効果がない。安部君、真鍋君らは必ず糖尿病に基づくという考えの下に糖尿病の食餌(しょくじ)療法を始め含水炭素を減じて肉類を比較的多くしたのであります。それは本年の五月から始めた。
 ところが療法を続けている間に上記の症状が非常によくなって来て、七月の終わりに上膊の神経痛はほとんど拭(ぬぐ)うがごとくになり、不全麻痺もなくなってしまって、神経衰弱の症状も減退し非常に喜ばれたそうであります。そうして前にはかなり多くの糖が出まして今年の春ごろは1から1.5「パーセント」ぐらい出ておったのが、四半斤の「パン」を食べても糖が出ないようになって糖尿病の方は非常によくなった、これが大体の既往症であります』
http://col.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-ea33.html

結局は同年11月に胃潰瘍が再発し、12月9日に出血が原因で死亡した。
剖検所見はやはり『漱石の思い出』に記述がある
『次に一つ注意すべき所見は膵臓でありますが、膵臓が普通より非常に固くなって細くなっておりまして目方は60g、普通の日本人の膵臓の重量は70から75ぐらいでありますが、この膵臓は萎縮している。顕微鏡で見ると糖尿病の時にしばしば見るところの変化があります。それから腎臓にも糖尿病に特有の変化がある。しかしながらこの腎臓の中には「グリコーゲン」が無い。これは長い間絶食の後に倒れたのでありますから、その関係であろうと思います。そのほかの所見においては特有な糖尿病の腎臓である』


【14/01/01 精神科医師A
夏目漱石と糖尿病(2)
 『明暗』六十には、当時の糖尿病食の光景が描写されている。
自己の体験による表現と思える

「お延、叔父さんは情けない事になっちまったよ。日本に生まれて米の飯が食えないんだから可哀想だろう」
糖尿病の叔父は既定の分量以外の澱粉質を摂取する事を主治医から厳禁されてしまったのである。 「こうして豆腐ばかり食ってるんだがね」
叔父の膳にはとても一人では平らげ切れないほどの白い豆腐が生のままで供えられた。
 むくむくと肥え太った叔父の、わざとする情なさそうな顔を見たお延は、大して気の毒にならないばかりか、かえって笑いたくなった。
「少しゃ断食でもした方がいいんでしょう。叔父さんみたいに肥って生きてるのは、誰だって苦痛に違ないから」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/782_14969.html


【14/01/01 精神科医師A
夏目漱石と糖尿病(3)
さて1916年と言えばJoslin 糖尿病学の初版が出版された年である
2016年は夏目漱石逝去百年、ならびにJoslin糖尿病学書100周年の記念すべき年である。それと同時に、『科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン」の3年ごとの改定年でもある。この年には日本糖尿病学会に糖質制限食をガイドラインに記載させるよう我々は努力すべきである。

 新春にふさわしい話題を提供できました。今年も文献調査、がんばってやります!】


【14/01/01 精神科医師A
戦前の『栄養と料理』に厳重食の記載がある
http://eiyotoryoris.jp/eiyotoryori/keyword/searchArticle.do?keyword=\u7cd6\u5c3f\u75c5
病食月次|糖尿病の手当と食餌療法
香川綾 [昭和13年(1938年)第4巻第4号 p46]】



テーマ:糖質制限食
ジャンル:ヘルス・ダイエット
コメント
見れました!
パソコン版から見たらインデックスや過去の記事も見れました。お忙しいのにお騒がせしてすみませんでした。
2014/01/02(Thu) 20:10 | URL | 海ブドウ | 【編集
糖質制限食の歴史は古くて、効果大だったのですね!
夏目漱石が長生きして、小説に書いてくれたら広がったことと思いました><
2014/01/03(Fri) 10:55 | URL | らこ | 【編集
Re: 糖質制限食の歴史は古くて、効果大だったのですね!
らこ さん

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申しあげます。

1921年にインスリンが合成されるまでは、欧米でも、
糖尿病治療食は、「スーパー糖質制限食」が主流でした。
2014/01/03(Fri) 11:43 | URL | ドクター江部 | 【編集
インスリン合成前の糖尿病治療は?
江部先生、早々のご返事ありがとうございます。今年も糖質制限食のご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします(ペコッ

昭和10年代以前に、日本の糖尿病治療の主流を成していた【厳重食】は初めて目にしました><

「日本糖尿病学会」所属医師から、らこは

◎糖尿病治療はずうっと「カロリー制限食」だった。糖質制限食などとんでもない!

を聞かされて来ました。近代西洋医学が確立して以来、のニュアンスでしたので、「クリミア戦争」の頃から「カロリー制限食」が徹底されていたかのような発言でした><

しかし、江部先生のお話によれば

◎1921年インスリン合成前はヨーロッパでも「厳重食治療」が当たり前であった!

とのこと。
この辺をさらに詳細に突っ込んで頂ければ幸いです。2014年が2013年以上に「糖質制限食が広まる年」になる予感がこの「厳重食」記事を読み、実感して参りました。

新年早々

◎塩バラ焼き豚 をつまみに焼酎でお屠蘇の私らこ

です。塩バラ焼き豚は銀座の「kodama」と神戸の「新生公司」が美味しいです><

◎日本糖尿病学会が目の敵にする「動物性脂肪」をガンガン摂取して毎日焼酎三昧で健康そのもの><

医学の世界は「真実のみが正しい」と信じて、江部先生のご指導に従い(少々呑み過ぎでも構わないも含めて>< )江部先生路線で健康な毎日を過ごさせて頂いています\(^o^)/
2014/01/03(Fri) 17:31 | URL | らこ | 【編集
Re:糖質制限食の歴史は古くて、効果大だったのですね!
らこ様

カルピンチョ先生が下記カテゴリーで詳しく解説されています。ご一読を。
http://低糖質.com/review/cat26/
2014/01/03(Fri) 21:34 | URL | saty | 【編集
入院食のごはんは175gでした
江部先生 12/22救急車で入院し緊急透析で10kgの除水と心臓カテーテルでステント3本が入り命を取り留め人工透析生活が始まり1/22退院しました 入院中の透析患者の食事は1600kcalですが、ごはんがなんと175g パン食では90gで糖質制限食でせっかく食前インスリンをやめられたのに、また糖尿病になりました さらに食前インスリンの決め方がおかしいのです 食前45分に測った血糖値でインスリン量を決めます 今から食べる糖質量に対してインスリンを打つのが正しいと思いますが、1/26お目にかかり、その後の透析患者への食事についてご助言を賜りたいと思います
2014/01/26(Sun) 09:05 | URL | 柚木信也 | 【編集
Re: 入院食のごはんは175gでした
柚木信也 さん

大変でしたね。
まずは、ご無事で良かったです。

ご指摘通り、カーボカウントせずにインスリン注射するのは、
目をつむって運転するようなもので、非論理的です。

透析になった場合、タンパク制限は必要ないので、
スーパー糖質制限食で、インスリンを最小限にするのが
最も身体に優しいです。
2014/01/26(Sun) 12:06 | URL | ドクター江部 | 【編集
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