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血糖調節システム 2010年10月
こんにちは。

今回は、血糖調節システムのお話しで、復習と一部追加です。

人体の血糖調節は、なかなか精妙で複雑なシステムにより維持されています。

血糖値は「食事」、「肝臓によるグリコーゲン分解・糖新生と糖の取り込み」、「運動」、「ストレス」、「インスリン・グルカゴンなどホルモン」「女性の生理」・・・などなど、いろいろな要素が合わさって調節されています。

① 空腹時

食物吸収が終了した直後には、肝臓のグリコーゲン分解が、循環血液中に入るブドウ糖の主要な供給源です。

食後数時間が経過し、絶食状態が持続すると、血糖値維持のために、筋肉など多くの組織のエネルギー源は、ブドウ糖から脂肪酸やケトン体に変わります。

そして、ブドウ糖の供給源は、肝のグリコーゲン分解から糖新生(*)に切り替わります。

なお、筋肉には「グルコース6リン酸→グルコース」 とする回路がないので筋肉中のグリコーゲンからはグルコース(ブドウ糖)は作れません。

② 主食摂食時(糖質あり)

血糖値を上昇させるのは、糖質・脂質・タンパク質のうち、糖質だけです。

糖質摂食時には、消化管から吸収されたブドウ糖は、門脈血からまず肝臓に約50%取り込まれ、それ以外が血液の大循環に回ります。

肝細胞でのブドウ糖取り込み自体は、糖輸送体Glut2(**)を介して行われ、インスリン追加分泌とは関係ありません。しかし、肝に取り込まれたブドウ糖は、インスリンによりグリコーゲンとして蓄えられます。

糖尿人では、<肝臓のグリコーゲン分解と糖新生>が摂食時にも抑制されにくいので、食後高血糖となります。また糖尿人は、門脈血からの肝臓のブドウ糖取り込みも低下しているので、この面でも食後高血糖を起こしやすいのです。

糖質を摂取して血糖値が上昇すれば、正常人では速やかにインスリンが追加分泌されます。

肝臓に取り込まれなかったブドウ糖は、肝静脈から血中に入り、動脈血中に入ったブドウ糖は、インスリン追加分泌により細胞表面に移動した糖輸送体GLUT4により、骨格筋や脂肪細胞に取り込まれます。骨格筋が、約70%の血糖を取り込みます。これにより血糖値も速やかに下がります。

筋肉中に取り込まれた血糖は、エネルギー源として使われ、残りはグリコーゲンとして蓄えられます。取り込まれず余った血糖は、インスリンにより脂肪組織か肝臓に取り込まれ、中性脂肪に変換され蓄えられます。インスリン濃度が高いと、血液中の中性脂肪の脂肪細胞への取り込みも促進されます。インスリンが肥満ホルモンたる所以です。

しかし、糖尿人の場合は、血液中のブドウ糖(食後高血糖)は<インスリン分泌不足>と<筋肉や脂肪細胞におけるインスリン抵抗性>により処理されにくいので、食後高血糖が遷延します。

また、インスリン作用不足による脂質代謝異常、アミノ酸代謝異常、高血糖そのものによるインスリン作用低下、インスリン拮抗ホルモン優位など、様々な因子が重なり合って、高血糖が持続します。

さらに、糖尿人の一部においては、胃不全麻痺(***)による内容物の排出遅延があり、吸収も遅延して通常よりかなり遅れて血糖値が上昇することがあります。

③ 糖質制限食を摂取時(糖質がごく少量)

糖質摂取が野菜分のごく少量なので、食後血糖値はほとんど上昇しません。追加分泌インスリンもごく少量です。糖質制限食を摂取時は、食事中にも脂質が常に燃えています。

また食事中にも、肝臓でアミノ酸などから糖新生も行われています。このため糖質摂取がごく少量でも低血糖にはならないのです。

④ 運動時

安静時には、インスリンの基礎分泌はありますが少量なので、糖輸送体(Glut4)は細胞表面にでてこれず、筋肉細胞・脂肪細胞は血糖をほとんど取り込まめません。

運動時(筋収縮時)には筋肉細胞の糖輸送体(Glut4)がインスリン追加分泌がなくても細胞表面に移動して、血糖を取り込むことが可能となり、血糖値が下がります。

筋肉細胞が血糖を取り込んでエネルギー源とした後、筋肉中のグリコーゲンが満杯になれば、取り込みはストップします。

脂肪細胞は、運動には無関係です。
ジョギングや歩行ていどの軽い運動が適切とされています。

糖尿人でインスリンの基礎分泌があるていど以上不足していると、運動によりかえって血糖値が上昇することがあるので注意が必要です。

バーンスタイン医師によれば、個人差はありますが、空腹時血糖値170mg/dlを超えているような場合は、そのような可能性があるとのことです。

また、強度の強い運動だと、アドレナリンや副腎皮質ホルモンなどのインスリン拮抗ホルモンが分泌されますので、血糖値が上昇することがあります。

④ ストレス

急性のストレスがあると、アドレナリン、グルカゴン、副腎皮質ステロイドホルモンなど血糖値を上げるホルモンが分泌されますので血糖値が上昇します。

血糖値は、①.②.③.④などの因子が複雑に絡み合ったシステムにより調節されています。たかが血糖値されど血糖値、なかなか一筋縄ではいきませんね。

(*)糖新生
①脂肪組織→グリセロール(中性脂肪の分解物)→肝臓→糖新生→脂肪組織・筋肉
②筋肉→アミノ酸→肝臓→糖新生→筋肉・脂肪組織
③ブドウ糖代謝→乳酸→肝臓→糖新生→筋肉・脂肪組織

①②③はごく日常的に誰でも行っており、肝臓、筋肉、脂肪組織の間で行ったり来たり、日々糖新生の調節が行われているわけです。

糖新生の調整は、インスリンが行っています。
インスリンは強力な糖新生抑制因子です。
インスリン不足だと肝臓がブドウ糖をつくり過ぎることになります。


(**)糖輸送体(Glut:glucose transporter)
ブドウ糖が細胞膜を通過して細胞内に取り込まれるためには、グルコーストランスポーター(糖輸送体)と呼ばれる膜蛋白が必要です。

Glut1~Glut14が報告されています。
Glut1(脳、赤血球、網膜などの糖輸送体)はインスリン非依存性です。
Glut2(肝臓、膵臓のβ細胞などの糖輸送体)はインスリン非依存性です。
Glut4(筋肉細胞、脂肪細胞の糖輸送体)はインスリン依存性です。


(***)胃不全麻痺
バーンスタイン医師(米国の1型糖尿病の医師で糖質制限食実践中)の本にも記載されている<胃排泄遅延・胃不全麻痺>が年期の入った糖尿人ではありえます。
欧米人には、胃不全麻痺が結構多いようですが日本人でも当然ありえます。

胃不全麻痺のある糖尿人は、夕食を午後6時頃食べても、胃からの排泄が遅延して吸収が遅くなり、通常よりかなり遅れて血糖値が上昇することがあります。そのため翌朝の空腹時血糖値が高値となることがあります。



江部康二
テーマ:糖尿病
ジャンル:ヘルス・ダイエット
コメント
安静時と運動時(筋収縮時)の境目は?
>安静時には、Glut4は細胞表面にでてこれず、
>運動時(筋収縮時)にはGlut4がインスリン追加分泌がなくても細胞表面に移動して、血糖を取り込むことが可能となり、血糖値が下がります。

と言うのは理解できるのですが、安静時と言っても入院安静でもしてない限り、何かしら体は動かしていますし、動くことは筋収縮があるということではないですか?
まして運動が歩行程度で良いなら、日常、運動を意識することなくその程度は常時動いていると思うのです。ということは必然、Glut4は四六時中表面に出て来てるということではありませんか?
ジョギングほどの運動は意識してもなかなか出来るものではありませんが、歩行程度の運動は、掃除洗濯、室内歩行程度と変わりないものと思います。
この場合(Glut4の)安静時と運動時の境目はどこなんでしょう?
心拍数120で30分以上とかいうデータがあるのでしょうか?
まあ、心拍数120で30分も歩くことを「歩行程度」という軽い運動かどうかは議論になるところですが(^^
個人的に経験上、かなりきつい運動だと思います。
2010/10/10(Sun) 19:13 | URL | amesui | 【編集
産業医も納得
いつも江部先生のブログを拝見しています。著作も全作買わせていただきました。
インスリン注射移行への恐怖心から、以前読んだアトキンス法ダイエットを思い出しながら、自己流で始めた糖質制限食ですが、その後先生の著作を拝見し、更に2か月前より、灰元先生にお世話になっています。
先日、会社の定期健康診断で糖尿病が改善していることに産業医や看護師がびっくりし、素人ながら私から糖質制限食の考え方や効果について熱弁をふるってまいりました。
その後産業医にメールで先生のブログを紹介したところ、「勉強します」との返事をいただきました。先生の活動が少しでも多くの医師に伝わるよう微力ながらご支援させていただけたものと存じます。
2010/10/10(Sun) 22:30 | URL | porter | 【編集
Re: 産業医も納得
porter さん。

本のご購入そして支援活動ありがとうございます。
糖尿病の改善も良かったですね。
2010/10/11(Mon) 10:20 | URL | ドクター江部 | 【編集
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