夕食抜きより朝食抜きがいい。
【16/11/03 鈴木澄子

夕食抜きより朝食抜きがいい?

いつもためになるお話、ありがとうございます。
前々から気になっておりましたがスーパー糖質制限を7か月ほどになりますが、夕食が極端に遅く23時ごろになります。
夜遅い食事はよくないと言われていまして
スーパー糖質制限中でも夜はサラダとか冷奴とか消化の良いものだけを食べていました。
その分おなかがすくので朝はしっかり肉を食べています。
(昼は忙しくあまり食べられない部分もあるのでエネルギー不足になるかと心配だったので)
でも江部先生のブログでは朝食抜きの2食を推奨されていました。
遅い時間でもしっかり肉を食べて、朝食を抜いたほうが良いのでしょうか?
就寝時間は1時ごろなので食後1時間は起きています。
(タンパク質は1時間ほどで消化されると聞きましたが食べるのが不安です。)
もちろん食べるとしても主食抜きですが。

遅い時間でも肉をしっかり食べたほうがトレーニングした後筋肉アップするならそのほうがいいですね。
実は昨日も筋トレをしましたが食べたい肉を我慢して今朝の朝食に回しました。
食べればよかったのかと少し残念になりましたので質問させていただきました。
よろしくお願いいたします。 】


鈴木澄子 さん

夕食抜きより、朝食抜きのほうがいいと思います。

一般に、「夜遅い食事が良くない」と言われてますが、これは、糖質を摂取する普通の食事の場合です。

寝る前くらいの時間に、糖質を摂取すると、上昇した食後の血糖値は、運動もしないし、脳の活動も少ないので、ほとんどが中性脂肪となって脂肪組織に蓄えられます。

これが、締めのラーメンや締めのうどんとかで太る理由です。

スーパー糖質制限食なら、食後血糖値の上昇はほとんどないので、上記の糖質摂取時のような弊害はありません。

私自身も、夜診が終了したあとに夕食ですから午後、9時~10時とかになります。

そして、11:30~12:00頃に寝ます。

それでも、スーパー糖質制限食ですので、何の問題もありません。

筋トレしたあとは、肉を食べてしっかりたんぱく質を補充するほうが筋肉量アップにはリーズナブルですね。


江部康二


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ジャンル:ヘルス・ダイエット
食事回数「人類は本来、一日三食か二食かはたまた、一食か?」2016年版。
こんばんは。

糖質セイゲニストの食事回数ですが、一日一回でも問題ないと思います。
この場合は、夕食がベストです。

夕食で摂取したタンパク質で夜寝ているときに筋肉が修復され、トレーニングなどしていれば筋力アップになります。

一日二食の場合は、夕食は確保として、あと一回は朝食でも昼食でもどちらでもいいと思います。

しいて言えば、前の日の夕食から連続して絶食で昼食摂取の方が、ミニ断食効果が期待できるという説もあります。

すなわち、朝食抜きの一日二食ですね。

子供達は、学校生活の観点からみて、バトルをしても仕方ないので、一日三食でも仕方ないと思います。

糖質セイゲニストの大人は、朝食抜きの一日二食が推奨です。

さて
「人類は本来、一日三食か二食かはたまた、一食か?」
興味ある問題です。

かく言う私は、1984年の第一回目の断食(34歳のとき)以降は、朝食抜きの一日二食で、間食は、チーズとかナッツとか摂る日もあれば、摂らない日もあります。たまに間食として、少量の果物も食べます。

一日一食で三ヶ月くらいやったことがありますが、欲望に負けてしまいました。

欲望に負けたといっても、空腹感とか食欲に負けたのではありません。

そもそも糖質制限食だと腹が減って動けないというような強烈な空腹感はありません。

糖質を食べていると、この強い空腹感が生じるのですが・・・。

それで一日一食でお腹が空いてかなわないからギブアップしたのではなくて、一日一食だと、何といっても食事回数が減りますから、一生で味わう食べる楽しみの回数が減ることになります。

一日一食だと、二食に比べたら食事を楽しむ回数が半減ですから、34才から100才?までだと、ざっと24000回くらいの食事の楽しみが消滅します。(-_-;)

また団体旅行に行った時など、一日一食だと周囲の人々とのコミュニケーションとか間が持ちません…。

なんか、いろいろと言い訳してますが、まあ実は、肉、魚、貝、蟹、海老、ナッツ類、豆腐、納豆、野菜、果実などなど、何でもいろいろ食べたいという欲望がすべてなのです。

それで、キャッチコピーとしては、「清く正しく」よりは「美味しく楽しく」 糖質制限食ということで、一日一食とはとはおさらばして、一日二食に戻しました。

日本の歴史をみても、長い間、一日二食が普通でした。

佐伯栄養専門学校の星屋英治氏によれば、江戸時代まで日本人は一日二食で生活していたそうです。(*)

歴史的にも、一日二食の習慣は貴族社会で一般的でした。

鎌倉時代以降、武士の間では一日三食で過ごす者も現れましたが、庶民や貴族は一日二食でした。

後醍醐天皇撰の『日中行事』は、宮中における日々の行事や毎月の月奏祭・祓などを記した書ですが、「朝の御膳は午(うま)の刻なり。(中略)申の刻に夕の午前まいる。」との記載があります。(**)

後醍醐天皇(ごだいごてんのう1288-1339)は、鎌倉時代後期から南北朝時代初期にかけての第96代天皇で、南朝の初代天皇です。

このように平安時代や鎌倉時代の貴族は一日二食であり、朝食が午(うま)の刻(正午)で、夕食が申(さる)の刻(午後4時)です。

庶民が1日に3回食事を摂るきっかけとなったのは、江戸時代の明暦の大火(1657年)という説もあります。

幕府は、焼失した江戸を復興するため全国から大工や職人を集めて、朝から夕方まで一日中働かせました。

この時に朝食と夕食だけでは体力が持たないため、昼にも食事を出すようになり、一日三食の習慣が広まっていったという説です。

三食が定着していったことには、明治維新後に軍隊ができたことが大きな役割を果たしました。

軍隊が一日三食を提供して、「白米が毎日3回食べれる」というキャッチコピーで貧しい農家の次男や三男を勧誘したのが実態のようです。

これにより全国的に一日三食が普及していきました。

狭義の明治維新は、1867年の大政奉還から1868年の明治政府の成立までの流れをいいます。

1920年に、国立栄養研究所が開設され、佐伯矩博士が初代所長に任命されました。

佐伯博士が栄養士制度を発展させるため1924年に設立した“世界初の栄養学校”が、佐伯栄養専門学校です。

日本で一日三食が積極的に奨励されるようになったのは、1935年、国立栄養研究所の佐伯矩医学博士が提唱したことに始まります。

イギリスやフランスなどヨーロッパの国々でも、15~16世紀頃に、二食から三食になっていったので三食の歴史は意外に浅いのです。

英語の朝食はbreakfastですが、一日の最初の食事(断食を破る)を意味していたのが転じて朝食になりました。

当初のbreakfastは、一仕事終えたあと、正午頃食べていたのかもしれませんね。

世界的に見ても、伝統的なライフスタイルを保っている部族は、一日二食のことが多いようです。

特に、朝起きて何の活動もしていないのに、すぐ食事を摂るという現代人のような「変な?習慣」は、人類の歴史上ほとんどなかったと考えられます。


(*)Sports Graphic Number Do 2014 Early Summer 太らない生活 2014
(**)生活習慣病に克つ新常識―まずは朝食を抜く! (新潮新書 ) 小山内博著 2003年


江部康二
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縄文人、意外と長生き。65歳以上が3割。
こんにちは。

精神科医師Aさんから、縄文人の寿命に関してコメントを頂きました。
ありがとうございます。

定説とは異なり、縄文人は意外に長生きだったようです。

朝日新聞デジタル2010年11月13日に、聖マリアンナ医科大講師の長岡朋人氏の今までの定説を覆す内容の研究結果が掲載されました。

以下の小林和正氏のような論述が、今までの定説の典型です。

「縄文時代に出土した人骨は15歳以上がほとんど、235例のデータで、男女とも平均の余命は16歳で、31歳までにほとんどが死亡」

と、

『小林和正:出土人骨による日本縄文時代人の寿命の推定、人口問題研究、No.102,1-10,1967)』


に記載されています。

小林和正氏の時代の年齢推定は「恥骨結合面」の骨により判定されていましたが、そもそもこの部位は、後世に残りにくいのです。

このため、長岡朋人氏は比較的残りやすく細かな年齢推定が可能な、同じ腰骨の腸骨耳状面という部分を検討対象にしました。

その結果、新しい方法で再調査した岩手・蝦島貝塚や千葉・祇園原貝塚など9遺跡から出土した計86体の人骨は、65歳以上が32.5%を占めました。

「縄文人=早死に」のイメージのもとになった人類学者小林和正氏の1967年の論文では、65歳以上はゼロでしたので大きく異なります。

人類学者や考古学者においても、今回の長岡氏氏の研究は評価が高いようです。

一部慎重な意見もありますが、今までの定説とは異なり、縄文人は意外に長生きだったと考えられます。



江部康二


☆☆☆

以下、朝日新聞デジタルより、一部転載。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201011130129.html
縄文人、意外と長生き 65歳以上が3割 聖マリアンナ医科大

2010年11月13日

 平均寿命が30歳前後とされ、「過酷な生活環境のため、早死にする人が多かった」と考えられてきた縄文時代の人たち。しかし、出土人骨の年齢推定に関する最新の研究で、実は65歳以上とみられる個体が全体の3割以上を占める――という結論がこのほど提示された。なぜ、これほど違う結果が出たのだろうか。

 この研究を行ったのは聖マリアンナ医科大講師の長岡朋人さん(人類学・古人口学)。文部科学省の科学研究費の成果として、このほど「月刊考古学ジャーナル」の臨時増刊号で発表した。

 年齢にまつわるデータがまったくない人骨について、人類学者たちは、歯の生え具合や、すり減り具合、手足の軟骨の癒合(ゆごう)の程度(くっつき具合)などを基準に年齢推定をしている。中でも、成人以上の判定でよく使われるのが「恥骨結合面」と呼ばれる部分だ。腰骨の一部で、年齢が若いと表面の凹凸が激しく、年をとるにつれ滑らかになる特徴がある。

 「ただし、恥骨は残りにくい。このため今回は、比較的残りやすく細かな年齢推定が可能な、同じ腰骨の腸骨耳状面という部分を検討対象にしました」。この部分は若い時は滑らかだが、年をとると、骨棘(こつきょく)ができたり穴があいたりすることが指摘されている。

 「ベイズ推定」と呼ばれる、新たな統計的手法も採用した。これまでは、たとえば20代の可能性が高い人骨の年齢を表す場合、他の年齢の可能性が残っていてもそれらを切り捨て、単に「20代」と表現してきた。

 「でも、20代の可能性が7割だったとしても、あとの3割は30代や40代の可能性が残されている。それらの誤差が蓄積され続けると、集団全体で考えた際、事実と異なる結果が出る可能性が高い」

 長岡さんがこう考えたのは、古人骨に基づく研究では、いずれの人類集団も30~40代で構成員の大半が死んでしまうことが指摘されているのに、古文書などの記録に残っている範囲では、このような傾向を示す集団はほとんど存在しないからだ。

 「縄文人と近い暮らしをしていたと考えられるアフリカの狩猟採集民でも、乳幼児死亡率が高かった江戸時代の人々でも、50代以上でなくなった人が3割を超す。とすれば、今までの縄文人の年齢構成には疑問符がつく」

 長岡さんが新しい方法で再調査した岩手・蝦島貝塚や千葉・祇園原貝塚など9遺跡から出土した計86体の人骨は、65歳以上が32.5%を占めたという。「縄文人=早死に」のイメージのもとになった人類学者小林和正さんの1967年の論文では、65歳以上はゼロだったから大きく異なる。「今までの年齢推定法は老年の人を実際より若く推定してきたのではないか」

 琉球大教授の石田肇さん(形質人類学)は「長岡君の精密な調査で、どんな集団でも長命な個体が存在することが分かってきた。確率的にみても、縄文時代における65歳以上の個体が3割という割合は間違いない」と評価する。

 考古学者も肯定的だ。「縄文時代は伝統的、かつ複雑な社会構造を持った社会だったことが明らかになりつつある。30代で大半の人が亡くなるのでは、技術継承などの面で支障があったはず。寿命が長かったなら、そうした問題はなくなる」と、明治大教授の阿部芳郎さん(考古学)。

 国学院大名誉教授(考古学)の小林達雄さんも「若い人には創造性があるが、それらを体系づけ、安定した状態を維持していくためには、30代以下だけでは無理。50代以上の構成員も多かったのなら納得できる」と話す。

 一方で、やや慎重な意見も。国立長寿医療センター研究所所長の鈴木隆雄さん(老年学・古病理学)は「興味深い説だが、完全に結論が出たわけではない。今回の腸骨耳状面を使うやり方が、従来、年齢推定の判断基準となってきた恥骨結合面などの変化と整合性があるかどうか。今後、年齢推定のやり方を総合的に検証する必要があるのではないか」と話している。(宮代栄一)】




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狩猟採集民は農耕民より長命だった。
こんにちは。

今回の記事は『狩猟採集民は農耕民より長命だった』という研究を紹介します。

A)
ケンタッキー州,インディアン・ノール貝塚出土の285体の人骨
前者は紀元前3400年から同2000年ころ
狩猟,漁労,植物採取をしていた人々の残した貝塚で出土


B)
ケンタッキー州,ハーディン・ビレッジ遺構出土の人骨296体
西暦1500年から1675年ころの間
トウモロコシ,豆類,カボチャ類を栽培した人々が住んだ村落


A)とB)を比較した研究です。

米国、ケンタッキー州で出土した、狩猟・漁労・採集が生業の人骨285体と 、トウモロコシ・豆類・カボチャ栽培が生業の人骨296体を比較したところ、狩猟採集民のほうが、農耕民より長命であったことが判明しました。

男女ともにインディアン・ノールの狩猟採取民の方が長命でした。

死亡年齢で特に対照的なのは、4歳未満の小児死亡率の分布でした。

インディアン・ノールでは、70%が新生児と12ヶ月未満の乳児でしたが、狩猟採集民は、新生児の間引きをする習慣があるので、その影響があると考えられます。

一方ハーディン・ビレッジではその逆で、1~3歳の幼児が60%に達っしました。

すなわち、農耕民のほうは、離乳期に入ってからが危機であることが明らかです。

ハーディン・ビレッジの農耕民はトウモロコシ粉を水溶きしたようなものを離乳食に用いたと考えられます。

それが生涯を通じての栄養的欠陥の始まりになったと思われます。

アフリカや中央アメリカの農耕社会では柔らかいでんぷん質の食事が離乳食として与えられると、下痢が始まり、各種の細菌侵入による疾患が起こり、タンパク質欠乏症を示すことが多いとされています。

ハーディン・ビレッジの農耕民でも同様のパターンが生じて、短命に繋がった可能性があります。


江部康二


☆☆☆
骨で見分ける古代人の生活ぶり
http://www.wound-treatment.jp/dr/glucide_data/kagaku-asahi_1981.htm
科学朝日,41巻12号,1981年 記載の
カナダ・マックギル大教授/人類学 井川史子氏の論文から
以下一部抜粋。

狩猟採集民は農耕民より長命
人骨の研究から古代の狩猟採取民と農耕民の栄養状態を比較した試みとして,現在メリーランド大講師のクレア・カシディの仕事がある。

大昔,農耕を知らなかったころの人は,野獣を追い,木の実や草の根をかじってやっと飢えをしのいでいたと考えられていた。

つい最近まで,狩猟・採集に頼る生活をしていたアフリカのブッシュマンやオーストラリア原住民について研究が進み,彼らの生活は,農耕民に比べて労働時間は短く,栄養上のバランスもよく,健康状態もすぐれているらしいことが明らかになった。

狩猟採集生活の欠陥は,一定面積内では居住可能な人口が制限されることである。

逆にいえば,農耕が始まって,人口が高密度で定着するようになり,その人口がカロリー減としてのでんぷん質の食料に依存するようになってから,病気の伝染する機会も増え,病気に対する抵抗力も低下したと考えられる。

カシディが対象として選んだのは,ケンタッキー州,インディアン・ノール貝塚出土の285体の人骨と,同州,ハーディン・ビレッジ遺構出土の人骨296体である。

前者は紀元前3400年から同2000年ころに,狩猟,漁労,植物採取をしていた人々の残した貝塚で,後者は西暦1500年から1675年ころの間に,トウモロコシ,豆類,カボチャ類を栽培した人々が住んだ村落である。

比較研究の条件として,相当数の人骨資料があることのほかに,人種的,環境的条件が同じであること,そしてヨーロッパ伝来の疾病が新しい要因として入っていないことに留意している。

ハーディン・ビレッジの居住期間中,ヨーロッパ人の侵入はこの地域に関する限り無視してよいという前提で考察している。

人骨の推定死亡年齢から平均余命を算出すると,男女ともにインディアン・ノールの狩猟採取民の方が長命である。

死亡年齢で特に対照的なのは,4歳未満の小児死亡率の分布である。

インディアン・ノールでは,このうちの70%が新生児と12ヶ月未満の乳児であるのに対して,ハーディン・ビレッジではその逆で,1~3歳の幼児が60%に達する。

狩猟採取民は新生児の間引きをすることが民族例から知られているから,インディアン・ノールの新生児と乳児死亡例の幾分かは,そのように理解すべきものかもしれない。

これに対しハーディン・ビレッジの場合は離乳期に入ってからが危機であることが明らかである。アフリカや中央アメリカの農耕社会では,柔らかいでんぷん質の食事が離乳食として与えられる。そこで下痢が始まり,各種の細菌侵入による疾患が起こり,タンパク質欠乏症を示すことが多い。ハーディン・ビレッジの農民も,トウモロコシ粉を水溶きしたようなものを離乳食に用いたのであろう。それが生涯を通じての栄養的欠陥の始まりになったのだろう,とカシディは言っている。


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人類に必須糖質はない。では、人類にとって糖質の存在意義は何?
<必須脂肪酸、必須アミノ酸、ビタミン、ミネラル、微量元素、食物繊維>

こんばんは。

『必須脂肪酸、必須アミノ酸、ビタミン、ミネラル、微量元素、食物繊維』

これらは、人類にとって必須であり、食材から摂る必要があります。

必須アミノ酸、必須脂肪酸は、厳然として存在します。

人体で生産することができないアミノ酸と脂肪酸は、必ず食物から摂取する必要があります。

また、ビタミンも体内で合成できないものがほとんどで、食物から摂取する必要がありますし、ミネラルや微量元素も同様に必須です。

共存する腸内細菌のために食物繊維も必要です。

必須脂肪酸は厳密にはリノール酸とαリノレン酸の2つだけです。

しかし、EPAとDHAも必須脂肪酸にカウントすることもあります。

これはEPAとDHAはαリノレン酸から人体の中で作ることもできるのですが、効率が悪いので、魚から摂取したほうが合理的だからです。

なお、スーパー糖質制限食なら、これらは全て充分量摂取できるので安心・安全です。


<人類に必須糖質はない>

これに対して、必須糖質は存在しません。

体内で必要なブドウ糖は、肝臓で糖新生してまかなうので、糖質を食物から摂取する必要はないのです。

国際食事エネルギーコンサルテーショングループの報告では、

「炭水化物(この場合は糖質とほぼ同義)の理論的な最小必要量はゼロである」(☆)

と明記されています。


<糖新生と赤血球、脳とケトン体>

人体内で唯一絶対にブドウ糖を必要とするのは、赤血球です。

赤血球は、人体の細胞で唯一、ミトコンドリアというエネルギー生産装置を持っていないので、ブドウ糖しかエネルギー源として利用できません。

空腹時や睡眠時などを含めると赤血球へのブドウ糖供給は、ほとんどが肝臓の糖新生によってまかなわれており、食材からは少量です。

脳はミトコンドリアを持っているので、脂肪酸の分解物のケトン体をいくらでもエネルギー源としますし、ブドウ糖も利用します。

他の心筋、骨格筋、体細胞は日常的には脂肪酸・ケトン体を主エネルギー源として、時々ブドウ糖も利用します。


<狩猟・採集時代炭水化物(糖質)の役割>

繰り返しますが、人類に必須糖質は存在しません。

それでは、人類にとって炭水化物(糖質)の存在意義および価値は何でしょう?

ひらたく言うと、人類にとって糖質は何のためにあるのでしょうか?

実は人類の進化の歴史において、農耕が始まる前の狩猟・採集時代700万年間においては、食材としての糖質の役割は、中性脂肪蓄積が第一義であったと考えられます。

初期の人類において、中性脂肪を体脂肪として蓄えておくことは、日常的に襲ってくる飢餓への、唯一のセーフティーネットであったと考えられます。

狩猟・採集時代に時々手に入った糖質は、野生の果物類、ナッツ類、そして山芋・百合根など根茎類です。

運良くこれらを得たとき、インスリンが追加分泌されて、筋肉細胞や脂肪細胞のGLUT4が細胞表面に上がり、血糖を取り込みます。

筋肉で利用せずに余った血糖は、全て脂肪細胞が取り込み中性脂肪に変えて蓄えます。

狩猟・採集時代においては、「インスリンと糖質」のコンビは、血糖値を下げる役割というよりも、もっぱら、脂肪蓄積装置として、稼働していたと考えられます。

また果物の果糖は、ブドウ糖にはほとんど変わりませんが吸収されて肝臓に至り、ブドウ糖より速やかに中性脂肪になり蓄積されます。果物の糖質には、ブドウ糖、ショ糖、果糖などがあります。

このように、人類の進化の過程では、糖質は時々しか手に入らないラッキー食材であり、貴重な中性脂肪蓄積のもとだったと考えられます。

<現代の糖質頻回・過剰摂取と肥満、生活習慣病>

本来、中性脂肪蓄積が第一義であった糖質を、農耕が定着して以降は、日常的に摂取するようになりました。

さらにこの200年は、精製炭水化物を常食するようになったので、大量の追加分泌インスリンがでて、大変中性脂肪が蓄積されやすい状況となり、肥満が発症しやすくなったのです。

今となっては、インスリンは肥満ホルモンとされていますが、狩猟・採集時代には、その卓越した脂肪を蓄積する能力が人類のご先祖を飢餓から救っていたのですから、インスリンそのものに罪はないと思うのですが・・・。

まあ、インスリンを大量に分泌せざるを得ない現代の食生活こそが、諸悪の根源と言えるでしょう。

そして大量のインスリンを分泌し続けて、40年、50年・・・

膵臓のβ細胞が疲弊し分泌能力が低下すれば、糖尿病を発症します。

700万年間の狩猟・採集時代は、β細胞はほとんど働く必要もなくのんびり過ごしていたと考えられます。

精製炭水化物登場以降の現代は、β細胞にとって朝から晩まで過剰に働き続けざるを得ない、受難の時代と言えるでしょう。

β細胞が過労死になってもおかしくないのが、現代の糖質過剰時代なのです。

そして糖質の頻回・過剰摂取による食後血糖値の上昇と大量のインスリン分泌がさまざまな生活習慣病の元凶と考えられます。


(☆)
Eur J Clin Nutr. 1999 Apr;53 Suppl 1:S177-8.
Report of the IDECG Working Group on lower and upper limits of carbohydrate and fat intake. International Dietary Energy Consultative Group.
Bier DM, Brosnan JT, Flatt JP, Hanson RW, Heird W, Hellerstein MK, Jéquier E, Kalhan S, Koletzko B, Macdonald I, Owen O, Uauy R.


江部康二

テーマ:糖質制限食
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